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第17話
あれよあれよという間に時間は進んだ。
「付き合って3カ月記念!」とかいうのやりたかったけど、おれの話を小焼が全く聞いてねぇどころか「いつから付き合ってましたっけ?」と言われる始末だ。
もしかしてまだ「恋人」になれてねぇのかと心配したが、言葉のままの意味で、小焼は本当に記念日を覚えていなかった。サラダ記念日は覚えてるくせに、どうしておれとの大切な時間の始まりを覚えてないんだよ! 言えねぇけど!
で、ブロック大会の前だから、小焼に触れることすら禁止されている。「キスマークがあると困る」というのが主な理由。……まあ、メディアを散々騒がせちまったし、キスマークなんてつけてたら、なんか、こう、色々と妄想されちまうだろうから……我慢我慢! おれは小焼が「よし」と言うまで待つだけだ!
先週の月曜日から、近所の商店街では『星祭り』のために店先に笹が飾られている。
毎年七夕にある星祭りでは、すっげぇ綺麗な星空の下で、笹と短冊が一気に燃やされる。空に昇っていく煙が願いを神様に届けてくれるんだって、昔母ちゃんが教えてくれた。
小焼がよく行く和菓子屋の前にも飾られていた。あいつ、短冊書いたかな? そーっと、吊るされたものを見たが、小焼の書いたようなもんは無い。明日がお祭りの当日だってのに、何も書いてねぇのかな……。記念日覚えてねぇくらいだし、お祭りもわかってねぇか? いやいや、商店街に買い物には来るはずだし、わかるだろ! おれだって、火曜日には神社の笹に短冊を吊るしたんだ。毎年ひっそり「小焼といつまでも一緒にいられますように!」と願掛けしてたんだ。その願いは毎年叶ってるような気がするし、今年は去年よりも親しい関係になれたから、願うもんだなって思う。気持ちの問題かもしれねぇけど。
「買い物ですか?」
「おっ! 小焼も買い物か?」
「ええ、まあ……。なんだかあちこちに笹が置いてあるんですけど、何かのまじないですかね?」
「星祭りだよ! 星祭り!」
「そういえばありましたね、そういう行事」
エコバックを提げた小焼は少し考えるような仕草をした。バックからネギが飛び出てる。大根の葉も出てる。……八百屋で買ったんだろうなぁ、そんで、おまけにもらったんだろうなぁ。
こんなことを言ってるってことは、小焼は短冊を書いていないってことだ。
「短冊に願い事書いてねぇよな?」
「書いていませんね。まず、存在すら忘れていましたので」
「よーし。それじゃ、今から書きに行こう!」
「何処にですか?」
「神社! ここらの店で短冊貰って書いても良いけど、いっちばん、願いが叶いそうな気がするだろ!」
「それはそうですね……」
というわけで、小焼と一緒に神社に来た。
作法ってのはよくわかんねぇけど、手を洗うってのは聞いたことがあるし、いつもやってる。手の清め方の案内を見つつ、順番に清めた。小焼が「この水って飲めるのか」と呟いたので、隣にいたおばちゃんが「体に良いんだよぉ!」と答えていた。急に声をかけられて驚いている小焼はレアだ。仏頂面を崩すなんて、このおばちゃん、なかなかやり手だな。
境内に設置された大きな竹に近付く。五色の短冊が風で揺れていた。皆どういう願い事してんのかなぁって見てみる。ふゆの短冊を見つけた。
「ふゆの短冊に『世界征服』と書いてあるんですが……」
「そっとしといてやってくれ。できれば見なかったことにしてやれ」
わざわざ黒い短冊に書いてるし、数年後に思い出して、なんともビミョーな気分になるんだろうから、早く燃やしてやって欲しい。
けいちゃんの短冊も見つけた。『アイドルになれますように』って書いてある。既になることが決まってるから、もっと成長したいってことかな? いつ書いたんだろ、これ。
「彼女が欲しいだの童貞を捨てたいだの、そういう願いが多いですね」
「まっ、そういうもんだって。願い事だからさ」
「夏樹は何書いたんですか? 『金髪黒ギャルのおっぱいを揉めますように』ですか?」
「そりゃ揉みたいけど、おれは小焼で十分!」
「へえ」
あまり興味が無いって相槌だ。ずーっと笹の下の方を見てるのが気になる。
「なあ小焼。おれの背がアレでも、さすがにそこらには吊るさねぇぞ」
「背が低いから、ここらへんかと思っていたのですが」
「背が低いってはっきり言うなぁ! いくらなんでも、足元は傷つく!」
「低身長は事実でしょうが。……これですね」
おれの背が低いことはもう周知の事実だから仕方ないとは言え、何回も言われたらさすがに傷つく。
小焼はおれの吊るした短冊をまじまじ眺めている。おれが頑張ってジャンプして引っ掛けた場所でも、小焼には簡単に手が届く高さだ。ちょうど目線の高さだったかもしれない。そんなに見られたら恥ずかしくなってくんだけど、恥ずかしさで興奮する自分もいるし、何とも言えない。
おれが恥ずかしいやら興奮してるやら、何とも言えない気分になっている間に、小焼は巫女さんから短冊を受け取って、願い事を吊るしていた。おれの身長だと絶対に読めない高さに吊られた。
「何書いたんだ? おれの願い事見たんだから、教えてくれよ!」
「美味しいものを食べられますように」
「あはは。相変わらずの食いしん坊だな!」
小焼ならそう書くと思った。小焼が美味しいもので腹いっぱいになって幸せなら、おれも幸せだ。
何か美味しいものを食べている時の小焼は目がらんらんに輝いていて、可愛く見える。こんなにもゴツくて、無愛想で、無表情だってのに、可愛く見える。やっぱり視力検査したほうが良いかな? 認知力の検査が必要か? でも、本当に可愛いんだ。ああ、もう、大好き!
「お祭りは明日ですね?」
「おう! 明日晴れてたら、すっげぇ綺麗な星空の下で、笹と短冊を燃やすんだよ! それがまたすっげぇ綺麗なんだ。火を見たらワクワクするんだよなぁ」
「犯罪者の心理ですよね」
「それを言うなよぉ。小焼も見に来たらどうだ?」
「人が多いところは嫌です。火を見て喜ぶなんて中学二年生の時に患った病が再発したんですか? 右腕の古傷が痛んだり、左目が疼いたり、新たな人格が芽生えたり、世界を救う用事はできていませんか?」
「中二病の問診はやめてくれ! 悲しくなっから!」
あと、その問診だと、おれもふゆも重症化してるし、もう慢性中二病ステージ5ぐらいまでいってそうだ。そろそろ半裸で鎖を巻いて、片翼で返り血を浴びないといけない気がする。
その後は他愛なく時間を過ごして、翌日。
快晴だったので、星祭りは無事に執り行われることになった。小焼はバイトが入ってるからって言っていた。去年やってなかったから人が多いし、来なくて正解かもしれない。
火に一番近いところに来れた。燃え盛る火はやっぱり綺麗だ。小焼の目のように赤い。あ、だから、おれ、火が好きなのかな。小焼の目の色に似てんだ……。
これから燃やされる笹をよく見る。火で照らされていて、短冊の文字もはっきり見える。高い位置にある小焼の短冊には、やっぱり『美味しいものを食べられますように』って見えた。あいつならそう書くよな。嘘なんて吐かねぇんだもん。滅多に。
笹が火にくべられる。火のついたものが、ひらひら、空中を舞う。綺麗だ。でも、すっげぇ熱い。火の勢いが増して、始めより熱い。やべえ、これ、あっぢい!
おれの腕に火の粉が乗る。あぢい! 無理! 痛い! 無理! すっげぇ痛い! 無理ぃ!
短冊が飛んでくる。おれの腕に乗っかる。熱い! あっぢい! 叫びながら払い落とす。落ちたものをよく見たら、小焼の筆記だ。おれが炎を落としたから、文字が読める。あり? 美味しいもの、の前に、何か書いてあんな?
『いつまでも、夏樹と共に美味しいものを食べられますように』
何でそんなに可愛いこと書いてんの!? あまりの不意打ちに、短冊を拾ってポケットに突っ込んだ。燃やさなきゃ、願い事が神様に届かないなら、おれが神になれば良いんじゃねぇか!
……あ、これ、また小焼に中二病問診されるやつだ。
おれはそうっと短冊を通りすがりの巫女さんに渡した。これできちんと燃やされる。小焼の願いは、おれが叶える! そんで、おれの願いは小焼が叶える! やっぱり、神になれるな?
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