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第23話
「おかえりなさーい。なちゅちゃんのファンが来てるよー!」
「待って待って待って! やば、かわいい!」
「かわいすぎ! え、ほんとに男!?」
ふゆのスペースに戻ったら、一般参加者が遊びに来ていた。どうやらおれのファンらしい。おれのファンって考えたら嬉しいんだけど、女装している状態――なちゅのファンであって、普段の夏樹としてはファンはいねぇんだろうなぁ。いたらいたで困っけど。小焼のファンはけっこういるはずだ。試合の度にひっそりついてきている追っかけというのがいる。
「待って」しか言えなくなっている女子2人組に頭を下げて、ふゆの隣に立つ。テキトーに会話をしておいた。
お誕生日席という立地もあってか、なかなか遊びに来てくれる人も多い。イラスト本は印刷所に刷ってもらったもので、クオリティが高い。我が妹ながら、すげぇなぁって素直に思う。漫画本は、家のプリンターで刷ったし、無配ってやつも家で作った。さっき会場を見て回って思ったけど、モノを創るのってすごいな。おれも何かやろっかなぁ。まずは小焼にラブソング作ろっと。
小焼はおれの隣でさっきお迎えしたばかりの本を見ながらパンを頬張っていた。お隣のサークルさんはシンベス本の他に双子魔女のシルキーハスキーがメインのオールキャラ本を頒布してるようだった。そういや、シルキーハスキーは、ちょうど小焼の好みの『ちっちゃくてカワイイ子』に当てはまる。……もしかしておれも『ちっちゃくてカワイイ』扱いされてんのか? おれだって、あともうちょっと身長が欲しかったー!
「あたい、友達が来たから、ちょっと行って来るね」
「うん! 楽しんできてー!」
ダウナーちゃんの衣装ってすっげぇおっぱい揺れるなぁ……。あの胸が作りものか天然ものか気になっけど、天然なんだろうな……。学校でもあの大きさだったし……。
小焼は本を読み終わったようだ。
「こういう本って、作者に何か伝えたほうが良いんですか?」
「そりゃあもう! 感想を伝えたほうが作者は嬉しいよ! あたしはどんな感想でも嬉しいもん!」
「じゃあ、伝えてきます」
おれが何か言う前にふゆが喋ったから、小焼はすぐに向かっていた。
ついていかなくて大丈夫か? ちょっと心配だ。お隣だから、変な空気にならなきゃ良いんだけど……。
イベント会場中はアニソンが流れているから、お隣でも会話がちょっと聞き取りづらい。2スペース取ってるから、距離もあるし。会話してる姿は見えるし、相手の表情も見えっから、相手が苦笑いにでもなったらすっとんでいって謝ろうと思うんだけど、すごく笑顔になっていたから、大丈夫そうだ。過保護だったか? 悩み過ぎたか? 小焼が戻ってきた。
「スケブを描いてくれるそうなんですが、持ってますか?」
「持ってるよー! はい!」
「ありがとうございます」
ふゆからスケブを受け取って小焼はお隣に向かう。あれ、なんか、すごく好感度高めになってねぇ?
お菓子を持って小焼は戻ってきた。
「貰いました」
「コウ、いったい何言ったんだ?」
「可愛らしくて繊細なタッチで、シルキーハスキーの魅力を十二分に感じられたことと、これからも応援したいから連絡先を教えて欲しいと言いました。名刺を貰いました。フォローします」
「お、おう。良かったな……」
「後でシンベスの写真を撮りたいと言われました」
「おっけー! あたしも撮りたいと思ってたの! 2時過ぎにコス撮影スペース行こ! お隣さんには、あたしからメッセとばしとくね! さっきフォローしてくれたの!」
「わかりました」
なんかわかんねぇけど、良かったんだよな! 小焼が推しを見つけられて良かったんだよな!
「あたしも会場回ってきて良いー? お兄ちゃんわかるよね?」
「おう。おまえに用事がある子が来たら連絡したら良いんだろ?」
「そうそう! じゃあ、行ってくるねー!」
サークル主離席中の札を置いて、ふゆは出かけていった。
スペースにはおれと小焼が残される。
「なあコウ、人酔いしてねぇか?」
「大丈夫です。この席はけっこう換気が良いので」
「そうだなぁ。けっこう涼しいよな。お誕生日席でラッキーだったなぁ」
色んな人がスペース前を通っていくので面白いし、見ててあきない。
特設ステージ前に人が集まり始めたから、うちのスペースを見ていく人も多い。とりあえず、無配のペーパーを渡しておく。小焼もやりかたがわかったらしく、配ってくれていた。
もうペーパーが無くなりそうだ。けっこう刷ってたと思うんだけど、いっぱい遊びに来てくれてんだなぁ。嬉しくなる。ふゆの頑張りが認められたみたいで嬉しい。
ステージのスピーカーからブレアンのOPが流れ始めた。照明がついたから、何か始まるようだ。ここ、すげぇ良い席だな。店番しつつステージも楽しめる。ふゆのくじ運が良かったんだろうなぁ。本人が離席中にステージで何か始まりそうなのは不運だけど。
OPが終わって、キャラソンが流れ始めた。シルキーハスキーの『魔法革命 ☆ユートピア』だ。けっこう激しいパンクロックの曲調に可愛い声が乗っかってて、楽しい。ロリ声とパンクロックって合うんだなぁってなんかわかんない感心しちまう。
「みんなー! イベント楽しんでますかー?」
声と共にステージにシルキーちゃんコスの子が現れる。あれ……「巴乃メイだー!」って、おれが言う前に小焼がイスをガタッとしていた。推しへの反応速度が記録会のスタートと同じくらいだった。
ステージ前の人らが一斉にメイちゃんコールをしている。すげぇ人気だ……。AV女優からアイドル声優へ転向するってネットニュースで見た気がすっけど、こんなにも人気があんだな……。彼女が主演の実写映画とアニメもどうなるか楽しみだ。
「双子魔女だから、うちだけだとおかしいでしょー? うふふ、きちんと相方がいるなの! みんなー、一緒に呼んであげてなのー! ハスキーちゃーん!」
野太い声で「ハスキーちゃん!」のコールがかかる。中には高い声も混じってたはずなんだけど、どうしても野太い声の多さには負ける。
ステージにハスキーちゃんコスの子が現れる。え、あれって……。
「けいちゃんだ!」
「けいですね」
「サプライズゲストって、これだったんだな! ふゆに写真送ってやろっと!」
「こういう時にいないんですよね。勝手にオーディションに応募した犯人」
「あはは、そう言ってやんなよ」
メイちゃんとけいちゃんの身長は同じ。顔も似ている。双子魔女コスがお似合いだ。可愛いなぁ。もっと近くで見たいけど、おれの身長だと近付いたら埋まる。小焼に肩車してもらおっかな……。いや、それはおれのプライドが許さないし迷惑だ。
音楽が切り替わる。これまた激しめのパンクロックだ。でも、聞いたことが無い。
「みんなに幸せを運ぶちっちゃなエンジェル『Nano♡Yano』です! こっちは、巴乃レイちゃんなの! よろしくお願いしますなの!」
「ウチ、巴乃レイやの……。お兄ちゃん、お姉ちゃん、お願いしますやの」
けいちゃんはもじもじしながらお辞儀をした。芸名は巴乃レイに決まったんだな。メイちゃんとレイちゃんか。双子のようにも見えっし、可愛いなぁ。
「夏樹。アイドルってどうやって応援するんですか……」
「なちゅって呼んでくれ。そりゃ、グッズ買ったら良いと思う。あとは、ライブなら何かコールがあるはずだからそれを覚えて言ってやりゃ良いんじゃねぇかな」
と言っても、おれはアイドルのライブに行ったことねぇんだよなぁ。小焼が応援したいって思うなら、おれもそんな小焼を応援してやりたいと思う。いつでもおれは小焼推しだからな!
特設ステージでアイドルのライブをやっている間も、スペースには人が来る。けいちゃんの晴れ舞台をゆっくり眺める暇も、おれには無い。小焼はステージに夢中になってっから、おれが対応するしかない。そもそも、小焼がふゆのやっていることをできるとは思えない!
そうこうしている間にペーパーは配り終わったし、本も無くなった。ふゆに連絡したら、すぐに帰ってきた。
「うっそ、完売したの!?」
「完売した!」
「おめでとうございます」
「ありがとー! ってか、ステージにいるのけいちゃんだよね!? 二人とも何ですぐに連絡してくれなかったの!?」
「お客さんの対応で忙しかったんだよ!」
「私はステージを見るのに忙しかったです」
「もー! あー! かわいいー! むりー! けいちゃんかわいいー! かわいいよー!」
「レイちゃんだぞ」
「レイちゃーん! かわいいー!」
ふゆは戻ってきて早々ステージに向かって行った。すぐに最前に行けそうな元気さだ。
ブレアンの主人公のシンタローが、シルキーハスキーを応援してんのめちゃくちゃ面白い。あ、おれも、ヒロインのチカちゃんなんだった。小焼はベースだし、すげぇ絵面になってたんだな……。そりゃ近くで見たくなっちまうよ。チカとベースが店番してるってどんなサークルだっての!
はるは紙袋を提げて戻ってきた。何をお迎えしてきたのかも見せてくれた。あ、ショタ受けも好きなんだな……。マッチョ受けが好きって車で話してたけど、ショタも好きなのか。
「片付けて撮影行こ!」と、ステージを見終わったふゆが言うので、片付けて、隣のサークルからスケブを受け取って、挨拶をしてから、コスプレ撮影スペースに向かった。
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