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第29話

 タバコ買うついでに、豆大福も買っといて正解だった。小焼は嬉しそうに頬張っている。  まさか強制的に嘔吐させられるとは思わなかった。吐く瞬間は苦しいけど、吐いた後はすっきりして心地良い。あー、駄目だ! クセになるとまずい!  誕生日を祝ってくれただけで嬉しいのに、プレゼントまで貰えて最高にハッピーだ。早速入れ替えとこっと!  おれが鼻歌を奏でながらタバコをシガレットケースに入れてる間に、小焼は豆大福を食べ終えたようだ。苦いと言いつつコーヒーを飲み干して立ち上がる。 「バイトがあるので帰ります」 「ん。じゃあ、明日の集合時間と場所は後で決めような!」 「浴衣の着付けできますか?」 「あー、ふゆができるよ。コスプレので覚えてた。着たいのか?」 「……」 「黙ってねぇで答えてくれよ」  着たいから言ったんだろうけど。  そういえば、小焼の浴衣姿を見たことねぇや。きっと綺麗なんだろうなぁ……。 「夏樹は、浴衣着ないんですか?」 「おれは小焼が着るなら、着る!」 「では、着ます」 「わかった。ふゆに言っとくよ」 「お願いします。それでは、明日の16時過ぎに夏樹の家に行きますので」 「あーい!」  集合時間も場所も決められちまったや。  小焼は少しだけ口角を上げて出ていった。笑ってたや。微かな変化だから、おれしか気づかないっぽい。  おれもそろそろバイト行こーっと!  カバンに資料諸々を詰めて、洗い物を終わらせてから、ゼミ室を出る。  駐車場へ行く途中の花壇にセミがいたから、木にくっつけておいた。羽化不全かな。ちょっと彼か彼女かわかんねぇけど心配。  車に乗って塾へゴーゴー! お気に入りのバンドのアルバムを流して熱唱してたら、対向車線のドライバーに笑われた。音漏れしてんのかな、恥ずかしい!  赤信号でタバコに火をつける。煙が車内を舞う。エアコンがフル稼働してるから、なかなか面白い舞い方をしていた。煙でドーナツを作って遊んでいたら、隣についた車の子供が笑ってた。ちょっとハッピー!  塾の駐車場に入って、もう一本吸ってから車を降りた。  今日は集団指導の講師だから、けっこう大変だ。個別指導なら、もう担当してる子の能力がよくわかってっけど、集団指導となると、初めて塾に通う子もいる。勉強好きな子なら黙って座ってるもんだけど、勉強嫌いで無理矢理通わされてるなら、座らせるだけでも大変だ。あと、親のクレーム対応もあるし……、正直、あんまりやりたくない。  奨学金返済の為、遊ぶ金欲しさの為、小焼に何か美味いもの食べさせてやる為! がんばるぞー! おー!  と、ひとりで気合いを入れて、教室に入る。  ガヤガヤしていたのが急に落ち着いた。問題児はいないかな? 真面目な子らばかりかな? 「せんせーって、背低いですね!」 「急に失礼だな!」  小焼なみに失礼だな! あいつはまだ愛があるから良い! 愛が無いのは、ただの暴言だし悪口だ! 「ねえねえ、せんせーって、オネェ?」 「へ? 何で?」 「女装して男の人と歩いてたの見た!」 「オネェではねぇよ。強いて言うなら、頼まれて女装モデルしてるだけだ」  あー、あれだな。小焼とスポーツショップだとか楽器屋だとか行った時か。  けっこう前のことだから忘れてたや。……やっぱりおれってわかんのか。生徒に見られてると思うとなんだかなぁ。  そんなプライベートのことは良いんだって!   マセてる子供達をなんとか静かにさせて、講義を始める。始めたら始めたでわからない時は質問してくるし、やる気はある子らだったんだな。  資料まとめといて良かったや。すらすら答えられるし、教えられる。ホワイトボードに要点を書く為に台に乗ったら笑われた。仕方ねぇだろ! ちっちゃいんだから! 悲しくなってきたや。  「今日はおれの誕生日です」って言ったら、ハッピーバースディを歌ってもらえた。そんで約2時間の講義終了。ホワイトボードの掃除してっと!  ありゃ? まだ教室に残ってる男子がいる。 「せんせー、女装してるってほんと?」 「あー、うん。ほんと……」 「ぼくね、女の子になりたいんです」  おれは女の子になりたいわけじゃないんだけど、言えねぇなぁー! 「お母さんに言ったら、気持ち悪いって言われて……」 「そっか。そりゃつらかったな」 「せんせーは、お母さんに何も言われなかった?」  何も言われてないけど、知られてるっぽいから恥ずかしい。おれが小焼と付き合ってることもどっからか知ってるし……、あ、小焼の母ちゃんが連絡してそう。仲良しだもんなぁ。親同士が仲良くて平和だけど、生ぬるい目で見られるんだよな。 「おれは生ぬるい目で応援されてるから」 「いいな……。ぼくも、女の子になりたい」  それからしばらく話を聞いてみた。この子はトランスジェンダーのようだ。生まれつきの性に違和感がある、女になりたい男の子。女の子なんだよな、きっと。  更衣室でクラスメイトの裸を見るのが恥ずかしくなったり、勃起すんのに嫌悪感があったり、色々大変そうだ。大変なんて簡単な言葉で終わらせるもんじゃないけど、おれには「大変」しか言えない。言葉がわからない。小焼なら、何て言うかな? と考えてみたけど、あいつはあいつで「女になれば良いでしょ」と冷たくあたるよな。優しさのつもりでも、言葉は冷たい。真っ直ぐ想いのこもった声は、怖い。  カウンセリング自体は学校で習ってるから、できないことはない。話を聞くだけなら、おれにだってできる。傾聴して、共感する。そんだけで、ちょっとでも楽になりゃ良い。ちょっとだけでも、重荷が減れば良い。まずは一歩でも……、歩み寄れたら……。  生徒を見送ってから、室長に連絡して、バイト終わり!  塾を出たところで、見慣れた人がいた。 「けいちゃん?」 「あ、夏樹くんこんばんはやの。バエスタで今日お誕生日って知って……、ふゆちゃんここでバイトしてるって聞いたから……これ、良かったら……」 「あ、ありがと!」 「そ、それじゃ、さよならやの!」  けいちゃんはおれに真っ黒い袋を渡すと、顔を真っ赤にして、走ってった。思ったより足が速い。走ってった先に、黒いキャップを被った黒いマスクのピンク髪の子がいた。巴乃メイちゃんだ! 手を振ってくれたから振り返した。  何くれたんだろ? 車に乗り込んで、袋を開く。 「…………小焼が喜びそうだなぁ」  まず、サイン入りのNano♡Yanoブロマイドが入っていた。メイちゃんのセクシーショットも。自撮りっぽい。神対応だな。けいちゃんの自撮りは初々しさがあって、素人モノのようにも見えてくる。いやいや、けいちゃんはセクシー女優じゃねぇんだって!  他には『恋の薬〜らぶりぃ☆ぽっぷん〜』。名前だけじゃよくわかんねぇから、成分を見る。興奮作用があるものばかりだ。媚薬かな。メイちゃんセレクトかな……、けいちゃん死にそうなくらい真っ赤になってたし。  とりあえず、小焼にブロマイド自慢しよっと! メッセージに添付して送信! すぐ既読がついた。スタンプが複数個来た。誤タップしたんだな。  小焼の珍しいリアクションを感じられたから、Nano♡Yanoに感謝だ!  幸せな気分に浸りながら、アクセルを踏んだ。

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