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第30話

 今日は花火大会。昨日学内掲示板で知ったが、なかなか大きい花火大会らしい。そんなイベントがあることすら知らなかった。興味が無かった。  昨日は久しぶりに母と話した。相変わらずの調子で、父とセフレと仲良くやっているらしい。「コウちゃんにキョウダイはいないから安心してね!」と言われたが、いまいち信用できない。認知していないだけで、何人かいそうでもあるが……、とても良い避妊薬を貰っているらしく、それは無いらしい。できなくて困ってる人もいるのだから、助けてやればどうかと投げかければ「代理出産なら経験してるわ!」と返ってきた。  もう何がなんだかわからない。  夏樹との仲についても「ラブグッズ送ったから楽しんで!」と言われた。  ……孫の顔が見れないかもしれないのに、良いのか。  バッグを担ぐ。中には母デザインの浴衣が入っている。夏樹の分も持っていく。モノ自体は去年の冬に届いていた。一度も着ずにクローゼットの奥に眠っていたものが、やっと今日出される。  夏樹の家のチャイムを押す。ドアが開いた。 「こんにちはなの!」 「…………こんにちは」  巴乃メイが出てきた。どうなってるんだ? 私は家を間違えたか? いや、間違えるはずがない。夏樹の家だ。表札に伊織と書いてある。暑さで幻覚でも見たか? もう一度視線をドアに向ける。巴乃メイが笑いながら手を振っている。足元に黒い豆柴犬がいる。まめただ。まめたがいるから、伊織家で間違いない。 「小焼ちゃんいらっしゃい! 驚いたー?」 「驚きました……」  ふゆが巴乃メイの背後から顔を出す。安心した。間違いない。 「けいちゃんも来てるよー!」 「そうですか」 「いちかちゃんね、これから撮影があるからもう帰っちゃうんだけど」 「いちかちゃん?」 「うち、本名は中臣(なかとみ)いちかって言うの。お仕事以外のプライベートな時間は『いちか』って呼んでなの」  呼ぶ機会は絶対に無いと思う。  撮影があるから、と巴乃メイは去って行った。何の撮影か聞けば良かった……。アダルト作品かイメージビデオか、なんだろうか……。  靴が無いので、夏樹はまだ帰っていないようだ。ふゆに連れられて、彼の部屋へ向かう。  ドアを開けてすぐに空色の髪と肌色が見えた。 「ひゃうっ!? ふゆちゃん、ノックしてやのー!」 「ごめんごめん!」  どうやら着替え中だったようだ。……一瞬だけだったが、ばっちり下着姿を見てしまった。これは、罪に問われるのか? 薄ピンクの薔薇を模った刺繍レースが可愛い下着だった。……腹が減ったな。  中から「どうぞやの」と聞こえたので、改めてドアを開く。けいは、桜柄の浴衣姿になっていた。涼しげだが、なんだか季節外れにも見える。似合っていて可愛いとは思う。 「小焼くんこんにちはやの」 「こんにちは。……可愛いですね」 「はうっ!?」 「うん。やっぱり、けいちゃん可愛い! 最高! 自信持っていこう!」 「恥ずかしいやの……」  アイドルデビューしてもまだ自信は無いようだ。まあ、ふゆが勝手にオーディションに応募しなければアイドルになってなさそうなくらい内気な子のようだからな……。  聞けば、けいは置き屋に居候しているらしく、浴衣の着付けに慣れているらしい。元々今日ふゆと遊ぶ約束をしていたから、ついでに私にも着付けてくれるようだ。  巴乃メイについては、花火大会まで遊ぶ予定だったが、仕事の連絡をマネージャーが忘れていたから……と。 「ウチ、頑張って着付けるやの」 「そんなに頑張らなくて良いですよ」 「が、頑張るやの」  よくわからないが頑張りたいなら、頑張ってもらうか。  バッグから浴衣を取り出して、けいに渡す。彼女が確認している間に服を脱いだ。ふゆがあやしく笑っている。 「ねえねえ小焼ちゃん、絵を描く参考にしたいから、写真撮って良い?」 「好きにしてください」 「ありがとー! 大好きー!」  ふゆは軽率に「大好き」と言ってくる。……私も夏樹に言ってみるか? いや、やめておくか。 「けいちゃん、小焼ちゃんに浴衣着せかけて! 旦那様に着せるような感じで!」 「ふえ、え、旦那様に?」 「そう! こう、遊廓の朝のような雰囲気で! けいちゃんの好きなあの漫画のように!」  どういう指定なんだそれは。  全く状況がわからないが、任せておけば良いのか?  すぅーっと、ゆっくり息を吸う音が聞こえた。けいが深呼吸したようだ。彼女に背を向けているから何をしているかわからない。向き直って、確認する。  雰囲気がガラッと変わっていた。涙に濡れた天色の瞳が水饅頭のように美味そうに見える。少し上気した頬が愛らしい。 「小焼様、お着物どうぞやの」 「どうも……」 「ああ、朝が来るのが恨めしい。夜のままなら、あなたはいつまでもウチだけの男でいてくれるのに、朝になったら離れてしまう……。次はいつ来てくれるん? ウチ、待ってるの。ずっとずっと、小焼様が来るのを……」  演技がうま過ぎて怖い。  ふゆは興奮した面持ちで何度もシャッターを切っていた。  私は何を言えば良いんだ。この即興劇をどう対処すれば良い? 黙っている間に、彼女が抱きついてきた。 「離れたくないやの……。ずっとここにいて」 「ひゅー! おけいちゃん良いよ良いよー! 最高だねー! おけいちゃん最高ー!」  少し湿り気を感じる。泣いている。演技でここまで綺麗に泣けるのか。  彼女の頬に手を添えて、親指で涙を拭ってやる。頬がやわらかい。肌がすべすべしていて羽二重持ちのようだ。甘い香りがする。腹が減った。食べたい。 「あー! 小焼ちゃん駄目ー!」 「ただいまー! え……何、して、んの……?」  床にモノが落ちた音がした。  部屋のドアを開いてすぐの位置に、夏樹が立っていた。  私の前で、けいは座った。大粒の涙がぼろぼろ流れている。私が、泣かせた? 演技とは違う涙だ。  ふゆはカメラを片手におろおろしている。 「お兄ちゃん! お兄ちゃん! これはね、その、深い事情があって!」 「深い事情って……、いや、そんなことはどうでもいい! けいちゃん大丈夫か!? 小焼はちょっと離れてろ」  夏樹に押されてベッドに座る。  ……腹の虫が鳴いている。食べたい。欲しい。駄目だ。体が熱い。下着がテント状に張っている。今すぐ熱を出したい。 「小焼! 目は舐めるなって言ったろ!」 「……すみません」 「けいちゃん怯えちまってるぞ。……あと、そのご立派なちんこをお腹に押し当てたらさすがに……なぁ……」  そうは言われても下半身は生理現象だから仕方ない。目を舐めたことは悪いと思うが。  ……また、離れていくのか。好意を向けてくれた人が……離れていく……。傷つけてばかりだ。  ふゆに連れられて、けいは出て行った。落ち着いたら着付けをしてくれるらしい。……悪いことをした。  夏樹が溜息を吐きながら隣に座った。 「あれは、ふゆが悪いから、小焼は気にすんなよ」 「しかし……」 「けいちゃん可愛いから仕方ないよな! 駄目だけど! で、こっちは、どうする?」 「っ! ァッ!」 「声、抑えて。2人に聞かれちまうぞ」  前開きから手が入ってきて、自身を扱かれる。気持ち良い。与えられる快感に、腰が揺れる。 「腰揺れてる。気持ち良いか?」 「きもちぃっ……! いっ、から……! なつき、ィ……、なつ、き」 「ん。イッて小焼」  夏樹の手に熱がはりつく。涙が頬を伝って落ちる。ふわふわした心地良い浮遊感がする。  ドアが開いた。夏樹は慌ててティッシュで手を拭いていた。2人が部屋に戻ってきた。 「お待たせしましたやの……。もう大丈夫やの」 「あれ? 部屋の香りが……」 「あー! 気にすんな! 浴衣! 浴衣着よう! 小焼を飾り付けしよう! なっ?」  飾り付けって、私はクリスマスツリーではないんだが。  けいが私の浴衣を抱えて眉を下げていたので、ベッドから立ち上がる。早く着付けしてもらおう。そして、花火大会の会場で何か食べたい。

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