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第31話

 着付けは滞りなく終わった。おれも着せてもらった。よく見たら子供用サイズだったけど、黙ってたおれ、えらい! ふゆが笑ってたから見られてたのかもしれねぇ。160サイズと書いてあったらそりゃ笑うよな。  小焼の浴衣は藍色だった。金髪が更にキラキラに見える。さすが小焼の母ちゃん、自分の息子に合うものを送ってくる。おれは濃い緑の浴衣。シンプルながら、ビシッと気が引き締まるようなデザインだ。  けいちゃんは小焼の髪もいじっていた。小焼は襟足だけ長い。ウルフカットだっけ? そういうやつだから、ちょっと結ぶことができる。めちゃくちゃ可愛い仕上がりになってる。体はマッチョだから、アンバランスさが良い! おれのパートナーはやっぱり綺麗だ!  2人に見送られ、会場へ向けて出発する。花火を何処で見よう? 小焼は人混みが苦手だから、少ないところが良いよな。神社の裏なら良いか? でも既にカップルに場所取りされてそうだなぁ。  隣を歩く彼に目をやる。赤い目が潤んだままだ。腹減ってるらしい。 「小焼! 焼きそばあるぞ! 食うか?」 「食べます」 「よーし! おれのおごりだー! おっちゃん、焼きそば1個くれ!」  おっちゃんから焼きそばを受け取って小焼に渡す。すぐ食べてた。どんだけ腹減ってたんだろ。  唐揚げ、きゅうり、焼き鳥、ポテト、たこせん、ベビーカステラ、りんご飴、ありとあらゆる出店のものを、小焼は食べた。腹が膨れたからか赤い瞳には鋭さだけが残った。  河川敷には色んな店が並んでる。どれもこれもキラキラ輝いていて、人のぬくもりを感じる。おれは、こういう熱気を感じられるのが好きだ。人との繋がりや「生きてる」って肌で感じられることが好きだ。  ライブの熱気とワクワク感に似てる。これから始まるパフォーマンスへの期待、上がるボルテージ、なにもかもが似てる。恋人と一緒なら更に楽しい。同じだ! 「夏樹。あれは?」 「射的だよ。あれでバーンってやったら貰えるんだ。やってみっか?」  小焼が射的に興味を持ったので、やってみることにした。弾は5発。お値段300円。安いのか高いのかわかんねぇ。  景品は、ポケット菓子からゲーム機まで様々だ。人気キャラクターのぬいぐるみやフィギュアも並んでいる。どれなら落とせるかって考えたら、やっぱりポケット菓子かな。 「当てるだけでは駄目ですか?」 「倒してもあげるよ」  小焼はおっちゃんにルールを聞いていた。しっかりしてんだよな。  せっかくだし、小焼にかっこいいところを見せたい! お菓子取ってやりたい!  ーーぱんっ!  コルクを撃ち出す。お菓子に当たった。ちょっと揺れて倒れた。やった! お菓子ゲット! 「兄ちゃん調子良いね。そのまま頑張って!」 「はい!」 「けっこう難しいですね。ゾンビならヘッドショットできるのに……」  銃を構える小焼のかっこよさはヤバい。国宝級の美しさだし、スナイパーって感じがする。思わず銃口の先に立ちたくなった気持ちをグッと抑える。まずいまずい。純粋に迷惑行為になっちまう。  結果的に、ポケット菓子を3個取れた。  小焼の撃った弾が跳ね返ってきて、おれの額に当たったのは、よこしまな気持ちを戒めるためか……。もしくは狙ってやられたか。小焼からのご褒美か。  ゾンビならヘッドショットできると言ってたから、ゾンビ扱いされてんのかな……。ちがうか。  小焼が純粋に楽しんでるようで、なんだか嬉しい。 「何ニヤニヤしてるんですか?」 「嬉しいんだ! 小焼と一緒に花火見れるなんて思わなかったからさ。最高!」 「まだ花火見てませんよ」 「あはは、そうだな! 何処で見っかなぁ……」  人が少なくて花火を見やすいところ……。有料の観覧席に行ったらドリンク付きだっけな? でもそんな金持ってねぇし……。 「うぉっ!? 急に手掴んでどうした!?」 「夏樹は小さいから迷子になりそうなので」 「小さい言うなー!」  ぷいっとそっぽを向かれた。  手、繋ぎたかったのかな……嬉しい。人がいっぱいいるから、おれらが手繋いでも目立たないし。少し汗ばんだ指が絡んでくる。あー、駄目だ。セックスしてる時みたいだとか思ったら、したくなってきた。ドラマなら花火が上がった瞬間にキスするんだよなぁ。もしくは愛の告白か。おれもやってみるか? キスは……ちょっと屈んでもらわなきゃ難しいな。愛の告白か? でも、花火の音で聞こえない気がする。  特に考えずに歩いて、出店で賑わっているエリアを抜けた。花火待機中の男女カップルがいっぱいだ。家族連れもいっぱい!  男女だと人目を気にせずいちゃつけるんだよな。少しは気にして欲しいもんだけど! 羨ましくもなる。同性ってだけで気持ち悪がられる風潮はまだ残ってる。好きなものは好きだから仕方ないのに。たまたま同性だっただけだってのに。どうしてわかってくれねぇんだろ……。  おれと小焼は他人にどう見えてんだろ? 仲の良い友達かな。恋人って思わねぇかな。……ふゆのように腐ってる人以外は。 「ーー聞いてますか?」 「わ、わりぃ! 聞いてなかった! どうした?」 「聞いてないなら良いです」  やばい。おれ、小焼の話聞いてなかった。何話してたんだろ、やばい。ちょっと不機嫌になったか? まずい。  繋いだ手の、指が更に絡んでくる。手にも性感帯あんのかなってくらいに妙な痺れが腰に流れてくる。したい。我慢しないと。風に小焼の汗の匂いが乗る。あー、駄目だー! やってる時のこと思い出して、駄目だ! 「花火打ち上げますやのー!」  やや音割れしているスピーカーから、けいちゃんの声がした。仕事かな。ふゆも本部席でお手伝いするとか言ってたような気がする。地域のネットワークにさり気なく参加するって地味にすごい。  夜空に大輪の花が咲く。歓声があがる。綺麗だ。めちゃくちゃ綺麗。空を見上げてる小焼も綺麗。やばい。綺麗がいっぱいだ。 「私より花火を見たらどうですか?」 「あ、ごめん。小焼も綺麗だからさ!」 「ばか」  唇にやわらかい感触。キスされた。けっこう人がいんのに!? 周りを見る。みんな空を見上げてるから、おれらがキスしてても気づいてない、よな? もっかい唇が重なる。今度は深い。食われてるみたいだ。舌を絡められ、口蓋を舐められ、気持ち良い。  イチャイチャできるのは嬉しいけど、周りの目が気になる。また何か騒がれたら、って不安になっちまう。唇が離れる。 「花火、綺麗ですね」 「花火も小焼も綺麗だ!」 「……夏樹と見るから綺麗なんですよ」  ため息をひとつ吐いた後に言われた。嬉しい!  不機嫌になったかと思ったけど、気のせいだったんだな。良かった。小焼が花火大会楽しんでるようで良かった! まあ、おれのエクスカリバーが起きてきたけど。 「たーまやー!」 「意味わかって言ってます?」 「え? これって意味あんの?」 「江戸時代の有名な花火師の屋号です。玉屋さんですね」 「へえ、そうなのか。あり? 小焼っておれより日本住んでんの?」 「住んでないですよ。何言ってんですか」  真面目に返された。  花火は次々に上がっていく。猫の形の花火もあった。すごい。形変えられるんだなぁ。  滝のような花火も見た。火が流れていくのがめちゃくちゃかっこよかった! やっぱり火を見てたらワクワクする! 楽しい! 「以上で終わりやのー!」  けいちゃんの声がスピーカーから聞こえた。楽しい時間が過ぎ去るのは早いなぁ。続々と帰路につく。 「花火良かったな!」 「そうですね」 「じゃ、帰って着替えっか」  おれん家に向かって歩く。浴衣プレイしたいって思うけど、妄想だけで我慢しよ。乱れた浴衣で喘ぐ小焼……、えっちだな……。超エロい。  おれに押し倒せるような力があれば良かったのに。どう頑張っても受け止められるか、そのまま一本背負いされちまう。ドラマのように「もう我慢できない!」って、押し倒してセックスって流れはできない。小焼を傷つけるのは嫌だ。合意のうえで、きちんと準備してからじゃねぇと。  あー、でも、したい! 熱を出したい! せめてキスしたい。さっきしたけど! もっとキスしたい! もっと触りたい!  小焼がベッドに座るのはいつものことだ。いっつも無防備に座るから、ドキドキしてた。そりゃまあ、付き合う前は「男同士で」とか考えてなかったろうし、昔からよく知る仲だから、無防備だよな。  今も無防備だ。少し乱れた浴衣から見える谷間が最高! やばい。もう無理! 「何か?」 「あ、え、あー……谷間ができてんなぁって」 「また胸の話ですか。そんなのだから彼女にフラれたんですよ」 「急に古傷抉らないでくれぇ!」 「はあ……。触りたいなら勝手にしてください」 「え。触って良いの?」  黙ってそっぽ向かれた。  触って良いんだよな? ちょっとだけ浴衣を剥がして、胸を触らせてもらう。ツンと尖った乳首を摘んだら、小焼は小さく呻いた。乳首を指の間に挟みつつ、胸を揉む。ふかふかでやわらかい。癒し効果抜群だ。あー、谷間に挟まるの最高! 「お前はどれだけ胸が好きなんですか」 「胸は胸でも、小焼の胸は別格だぞ! でっかくてふかふかで最高だ! 好き!」 「いい加減離れてください。暑いです」  剥がされた。残念。  小焼は着替え始める。おれも部屋着に着替えた。今日は『しいたけ大好き』とプリントされたTシャツだ。小焼が「何だその服」って言いながら蔑んだ目で見てくれるからゾクゾクする。 「ひとつ頼みたいんですが」 「おっ、何だ? おれにできることなら任せろ!」 「ピアスホールを増やしたいんです。右のトラガスとヘリックスを繋ぐようにあけてください」 「あいあい。インダストリアルにすんだな。ニードル出すから待ってろ」  勉強机の引き出しからピアッシングの道具を取り出す。小焼が持ってきていたファーストピアスを消毒液につけておいた。  小焼の右耳をアルコールに浸した綿角で拭く。消毒はきっちりしておかなきゃな! バイ菌が入ったら大変だ!  ご希望の位置を竹串で確認して、マーキングしておく。真っ直ぐあけなきゃ繋げられないから難易度が高い。失敗したら大変なことになっから、慎重にやる。ここで大雑把にしたら彼がめちゃくちゃ怒るだろうし! 「小焼ー! 行くぜ!」 「どうぞ」  耳の外側に消しゴムを当てて、ニードルをゆっくり押し進めていく。あー、皮膚に針が刺さる感覚にゾワゾワする! 医者だから慣れろって言われても、慣れないんだよなぁ。貫通した手応えがあったから消しゴムを抜く。 「大丈夫か?」 「いつもどおりですね。夏樹はピアッシングが上手いです」 「お褒めいただきありがと!」  安定した様子だから、ファーストピアスを接続してニードルを抜いた。あぶねぇ! ピアス落ちかけた! キャッチをつけて固定。よし、もう片方あける!  同じ手順でもう片方もピアッシングした。ヘリックス側は平気そうだったけど、トラガス側は少し痛かったようだ。まあ……麻酔してねぇもんな。真っ赤になったから保冷剤で冷やしてやった。 「これで安定したらロングバーベルに付け替えてくれ」 「わかりました。ありがとうございます」 「でも今の時期にだと記録会で面倒なことにならねぇ? 大丈夫か?」 「あけてから言うんですか?」 「それもそうだな! あはは!」  先に言ってやりゃ良かった!  小焼は小さい声で「今日で付き合って4ヶ月目です」と言った。え。まじか。覚えててくれたんだ。嬉しい!  記念日のピアッシングって超記念な感じする! なんか、記念日の記念! よくわかんないけど嬉しい! もう好きしか感情がわかない! 好き! 大好きー!  抱き付いたらそのまま流されて投げられた。うぅ、痛い。でも好き!

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