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第29話

ぼくは園長先生、ゆみ先生と一緒に幼稚園から歩いてすぐのところにあった平屋の一軒家に向かっていた。 「うちの職員になった人に貸している家で単身者用なんだけど、お子さんが小さいからここでも問題ないと思う」 「わぁ……すごく綺麗ですね……」 そこは、家具や家電が全て揃っていて、すぐにでも住めそうだった。 「ピアノ、本当はグランドピアノを置きたかったんだけど狭い家だからね。アップライトだけどいいものだよ」 寝室にある茶色のピアノにぼくが感動していると、園長先生が言った。 「そうだ、もも先生、ヴェートーベンの『トルコ行進曲』、弾けるかな?」 「あ…はい、学生時代弾いた事があります……」 「じゃあ、ゆみ先生と連弾で弾いてみて」 「えっ」 いきなりのリクエスト。 辛うじて暗譜している曲だったから弾けるとは思うけど……。 「もも先生、わたしが合わせますのでいつものように弾いてください」 どうしようかと思っていると、ゆみ先生が笑顔でぼくに声を掛けてくれる。 「ありがとうございます……」 ふたりでも座れる椅子。ゆみ先生に指示された右側に腰を下ろすと、ぼくは演奏を始めた。 ゆみ先生はぼくが弾いてすぐに入ってきて、ぼくの至らない演奏をカバーしてくれる。 優しい印象のゆみ先生の弾くピアノは、その印象そのままの優しくしてあたたかい音色だった。 ミスをしてしまったけど、テンポを変えず最後までなんとか弾けた。

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