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第134話

浩の過去の話を決して忘れた訳ではなかったけど、僕は自分に向き合う自信が持てずに日々を過ごしていた。 運動会の後、今月は市のホールを貸し切って全園児とその保護者対象の親子コンサートがあり、はるか先生のご両親が所属されていらっしゃる楽団の演奏を聴く事になっていた。 世界で活躍されているおふたりの姿を見られて、演奏まで聴けるなんて。 ぼくは仕事なのを忘れないようにしなきゃと心に留めていた。 演奏会の前日。 当日の演奏会後すぐに他都市へのコンサートの為に移動しなければならないという事で黄嶋さん側からお話があり、楽団の皆さんと園の職員との事前懇親会が開かれる事になっていた。 「春楓、またビューティフルになったんじゃない?幸せそうで何よりだよ」 「う、うっせーな!こんなトコで大声で言うなよ!!」 園長先生のお知り合いのホテルのレストランを貸し切って行われた懇親会。 ぼくは悠太郎と一緒に参加させて頂いていた。 「パパ、オムライスもハンバーグもすごくおいしい!!」 用意されたお子様ランチを美味しそうに食べる悠太郎。 「そっかぁ、ボク、何でも好き嫌いしないで食べてグレートだよ!!」 「あ、ありがとうございます……」 いきなり黄嶋さんからお声をかけて頂き、人見知りをして俯いてしまった悠太郎の代わりにぼくはドキドキしながら答えた。 「君が新しく入った先生だね。うちの春楓、昔から面倒見はいい方だけどどうかな?」 「親父、俺の事なんか聞くんじゃねーよ」 照れくさそうにしているはるか先生。 「あの…えーと…はるか先生にはいつも助けられていまして、息子も今は緊張していますが普段は先生にすごく懐いています」 「そっかぁ、やっぱりそうなんだね、安心したよ」 ニコニコしながらグラスに入ったワインを飲み干す黄嶋さん。 「春楓はね、本当に人に恵まれてるんだ。親だからいつまでも心配ではあるけれど、春楓を大切に思ってくれている人たちがいるのを知っているからきっと大丈夫って思っているよ。響ちゃんもそうだよね?」 「……そうね。もう親として何かしてあげられるような事はないかもしれないけれど、春楓の決めた道を応援していけたら……って思ってるわ」 おふたりの言葉に、はるき先生とはると先生が一瞬ホッとしたようなお顔をされた気がした。 色々あるとは思うけど、すごく仲の良さそうな親子に見えて、ぼくは素敵だなって思ったんだ。 「春楓、何だか嬉しそうだよな」 隣に座っていた浩がぼくに耳打ちしてくる。 「うん……」 「……オレにはよく分かんねーけどさ」 浩にそう言われて、ぼくは、はるき先生から言われた言葉を思い出してしまった。 「ぼ…ぼくもだよ……」 「…ま、今が良ければとりあえずいっか」 「ん……」 笑顔の浩にぼくも笑顔を返した……つもりだった。 『浩が求めているのはいつも傍にいてくれる、自分がどうであっても受け止めてくれる存在だと思います』 はるき先生の言葉が頭の中でもう一度再生される。 浩はこんなぼくでも傍にいてくれる。 ぼくだけじゃなくて悠太郎の事も大事にしてくれてる。 ぼくも……浩にどんな辛い過去があったって傍にいたい。 浩がぼくを受け止めてくれたみたいに、ぼくも浩を……。 コンサートの日、ぼくは素晴らしい演奏に胸を打たれながら、浩の過去と向き合う決意をしたんだ。

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