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第142話
「お待たせしました」
「忙しい時にすみません、先生の事で教えて欲しいんですけど、ここに紺野浩っていう先生はいますか?」
「あ……はい、ひろ先生は年中クラスの担任ですが……」
浩の名前が出てドキッとしたけど、ぼくは平静を装って答える。
「やっぱり!!浩、生きてたんだ!!良かった……」
女の人はこう言って、目を潤ませた。
「オレたち、高校時代浩と同じ部活だったんです。浩の家があんな事になって、ずっとどうしてるか気になってたんですよ」
男の人の目も少し潤んでいた。
「あの……、先生は記憶喪失になってしまっていて、高校生以前の記憶が一切ないんです。なのできっとおふたりを見ても誰か分からないと思います……」
感慨深そうにされているふたりに、ぼくはおそるおそる話していた。
「……そうですか……」
「でも、その方がいいよね。ちょっと寂しいけど、思い出したら浩、絶対辛いと思う」
そんな話をしていたら、浩が教室から出てくる。
「ん?何かお困りですか?」
「浩!!」
近づいてくる浩に、女の人は泣きながら抱きついていた。
「えっ、ちょっ、どうしました?」
「すみません、僕たち、学生時代の同級生で……」
男の人が止めに入り、それから女の人は我に返って浩にすみませんと謝る。
ふたりのお子さんはおとなしく、そんな両親の様子を見つめていた。
「あぁ、そうなんすか。すいません、オレ、学生時代以前の記憶がさっぱりなくなってて」
浩は申し訳なさそうに謝る。
「うん、こちらの先生から聞いたよ。でも、浩が元気ならそれでいいから。もしウチの子が入園したらよろしく頼むね」
ふたりは頭を下げると、園を後にした。
「うーん、誰だったんだろ。お前、聞いた?」
「ううん、部活が一緒だったって話してたけど」
ぼくは浩が思い出さなきゃいいなと思いながら言った。
「ふーん、オレ、部活やってたんだな
……」
興味なさそうに話す浩。
「浩、帰宅部っぽいのにね」
ぼくはからかうような事を言ってみた。
「あぁ?お前、今オレの事バカにしただろ?」
「してないってば」
どうやら思い出さなかったみたいだ、良かった。
それから浩は何事もなく普通に過ごしていたけど、ぼくは念の為と思いはるか先生方にさっきの出来事を報告していた。
その後、そのご家族は抽選で漏れてしまったので入園しない事になったけど、何かの拍子で浩が過去の記憶を取り戻さないかという不安をぼくは感じたんだ。
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