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第145話
浩は繁華街に車を走らせ、その中にあるカラオケ店の駐車場に車を停めた。
『防犯カメラに女が小さい男の子を連れてカラオケ店に入っていくのが映ってたらしくて、その男の子が悠太郎と似てたって話だ』
はるか先生からの電話の内容を、浩はカラオケ店までの道中で教えてくれた。
「……ここ、初めて妻とデートした所だ。居酒屋でご飯食べようって誘われて、その後ここに来て……」
「で、お持ち帰りされちゃったんだろ?」
「……うん……」
今ではもう、どうでもいい昔話だ。
ここを選ぶなんて、一体どういうつもりなんだろう。
ぼくは受付で久しぶりに妻だった人の名前を言い、ここに来てないか尋ねていた。
受付の人は途中で合流する約束をしているって言ったら信じてくれて、ぼくと浩に部屋番号を教えてくれた。
ぼくたちは怪しまれないように、でも少し早足でその部屋に向かった。
「悠太郎!!」
一番奥の部屋。
そこに悠太郎はいた。
ソファで眠っているその姿は、泣き疲れて眠ったように見えた。
「陽ちゃん……」
悠太郎の傍に行こうとすると、突然視界に長い黒髪をひとつに纏め黒色が少し褪せたようなワンピースを着た、痩せた……というよりは窶れている女性が現れてぼくを呼び、腕を掴んできた。
「な……凪子(なぎこ)……さん……?」
生気の感じられないその瞳。
あまりに変わり果てた妻の姿に、ぼくは背筋が凍る感じがした。
「ごめんなさい、陽ちゃん。私が間違ってたわ。あなたと悠太郎がいなくなって、初めて気づいたの。あなた達が本当に大切な存在だったって事に……」
え……?
何言ってるの……?
悠太郎やぼくを邪魔だって言ってたのに、今更何でそんな事を……?
ぼくはびっくりし過ぎて言葉が出なくて、信じられないという顔で妻だった人を見ていた……と思う。
「ねぇ、陽ちゃん。私たちまたやり直しましょうよ。私、ちゃんと悠太郎の面倒見るし、陽ちゃんの事も前よりもずっと支えていくから……」
その細くなった身体で抱きつかれても、ぼくは寒気しか感じなかった。
「や……止めて、ぼくに触らないで……!!」
ぼくはその人を力づくで引き離していた。
「陽ちゃん……どうして嫌がるの?私の事、すごく好きでいてくれてたじゃない……」
泣きながら迫ってくるその人は、ぼくが知っている、かつて愛した妻ではなくなっていた。
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