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Candy&Drop(7)
「……ど……ういうつもりだ、てめえ! おい、源――ッ」
「言った通りだ。他意はねえよ」
ぶっきらぼうな言い草ながらも、その頬にはうっすらと朱が射している。見事な程の濡羽色の髪がはらりと額を覆い、そこから覗く大きな切れ長の二重瞼を細めながら気恥ずかしそうに口角を上げる。たった今、触れ合った唇が切り取られた絵画のように鮮烈な印象となって秋夜の鼓動を跳ね上げた。
「……ッ! ふ……ざけたこと抜かしてんじゃ……ねえよ」
「ふざけてなんかねえさ。俺は至って真面目だ」
「……! わ、ワケ分かんね……」
「とにかく帰るぞ。いつまでそんなとこに突っ立ってねえで早く来い」
「……ッ!」
まるで当たり前のようにリードを取られ、だがどういうわけかそうされて腹をたてられずにいることに惑わされる。それどころか心ざわめき、浮き立つような心地良さにも面食らう思いだ。
秋夜はチッと舌打ちをしながらも、おずおずと一歩を踏み出した。
目の前を歩く男の背中には、春霞でやわらかに色付いた夕陽が眩しい程に反射している。
川面を撫でる風もうららかだ――。
「北条、行くぞ」
「……っそ! 源……てめ、好き勝手しやがって! 覚えてろよ……」
いつの日か、互いを名前で呼び合うようになるだろうか。そう、苗字ではなく下の名前で――『真夏』、『秋夜』と特別の想いを乗せて呼び合う日はそう遠くないのかも知れない。
秋夜を振り返る真夏の眼差しは細められ、そこはかとなく穏やかで優しげだ。それはまるで愛しい者に向けられる格別の視線でもあるようで――。
その背を追う秋夜の頬もうっすらと春色に染まり出す。
二人の季節は今まさに始まりを告げたばかりだった。
Candy&Drop - FIN -
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