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無自覚な恋情(3)

「もう……帰っちまったかと思った……。間に合って良かった……!」  ゼィゼィと荒い吐息を押さえながら微笑む。余程慌てて走ってきたのか、普段はクールそのものの彼が焦燥感いっぱいといった調子で、今日は別人のようだ。こんなに余裕のない様子は見たことがない。  秋夜は無論のこと、仲間内の誰もが同じことを思ったようで、大きく肩をならしながら呼吸を整える彼を不思議顔で見つめていた。  まるで地獄から一気に天国へと登ったような安堵感――ホッとしたなんていう言葉では到底言い表せないほどの気持ちの揺れが瞬時に秋夜を包み込む。戸惑いを通り越して無心にさせられてしまう。  本当だったら、『そんなに慌てることねえのに』とか、『用がある時は送迎なんて気にすんな』とか、何でもいい。何かひと言相槌を返そうにも言葉さえ上手くは出てこなかった。  やっとの思いで我に返り、秋夜はボソリと呟いた。 「……ッ、てめえも律儀なヤツだな。別に毎日来る必要なんてねえってのによ――」  精一杯つっけんどんを気取りながら吐き捨てた。 「ま、まぁまぁ! こうしてわざわざ駆け付けてくれたんだから!」 「そうそ! 斉天大聖様、今日もお疲れ様ッス!」  ぶっきらぼうな秋夜を擁護するように仲間たちが真夏を労う。そのまま駅前に出る道まで皆で一緒に歩いた。  仲間たちと別れると、いつものように真夏と秋夜の二人きりの下校時間だ。ここから家までほんの十分足らずの距離を肩を並べて歩く。今までワイのワイのとしていた朗らかな会話も一気に途絶え、それとは裏腹に心拍数が速くなり、次第にドキドキとうるさいくらいに高鳴り出すのが非常に厄介だった。  何だか頬までもが熱をもっていそうで、それらを気付かれまいと、秋夜は視線を地面に集中させたまま無言で歩いた。  ほんの短い道のりが――今日はやけに長く感じてならない。  気の利いた会話のひとつも繰り出せない――何とも息苦しい間合いも堪らない。手持ち無沙汰のまま、ふと空へと視線を逃がせば、今にも雨粒が落ちてきそうな分厚い曇天が頭上を覆っていた。 「そんじゃ、また明日な」  耳元に飛び込んできたその言葉で、もう家に着いたことを知る。 「今日は遅れちまってすまなかった」  はにかむような笑顔と共にそう言われて、ドキりと胸が鳴った。

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