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第2話
「……おはよ」
耳元で囁かれる。ひと月経つのに、律の寝起きの掠れた声に慣れない。吉野の心臓がばくばくと大きく拍動する。耳が熱くなる。
「おはよぉございます」
散らばった平常心なるものをかき集めて、吉野はなるべくいつもの調子で返事を返した。こんなの吉野に不利過ぎる。
「遅刻しますよ」
だからこの、お腹に回している手を解いて、と律の腕を叩く。眠っているときならともかく、起きているときに背後から抱きつかれるのはやっぱり、ちょっと恥ずかしい。
それなのに律は吉野の首すじに鼻先を埋める。すん、と鼻を鳴らしている。
「吉野くんのにおい」などと言うから、吉野の羞恥心がメーターを破壊しそうになる。
「変態っ。せんせぇの変態っ」
ベッドの中ではちゃめちゃに暴れたところで、ようやく吉野は律から解放された。
「変態って酷くない?」
ベッドサイドに置いておいた眼鏡をかけて律を見ると、何か手持ち無沙汰な様子の律と目が合った。捕食性だと言われる目付きで律を見下ろす。
「生徒に手を出す時点で、変態でしょ?」
違う?という顔をすると「あれは吉野くんが」などと言い返される。それについては強く否定できない。律がきちんと吉野を振っておけば、今日の朝はなかったわけで。
「僕は悪い大人に捕まったんです」
ぷく、とむくれて律から目線を逸らした。それがいけなかった。律に腰を掴まれると、簡単に吉野はベッドに逆戻りしてしまう。多少乱暴に扱われても、スプリングがきちんと働いて痛くないのが悔しい。
「せんせぇっ」
律に組み敷かれている状況は、まだちょっとだけ緊張する。それが顔に出たのか、また律にぎゅっと抱きしめられた。
「うん、うん。僕は悪い大人だから、二度寝させて」
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