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第4話
朝からじゃれついた帳尻合わせとして、律は慌てて部屋を出ていった。シャワーを浴びてコーヒーを一杯飲んだだけなのに、
「吉野くん、僕のシャツ、どこにしまったっけ?」
「吉野くん、コーヒー豆、何がいい?」
「吉野くん、今度お揃いのマグカップ買いに行こうよ」
吉野くん、吉野くん、吉野くん。慌ただしい。
最終的に、
「せんせぇ、カップは洗っておくので、早く行って下さい」
と律を玄関から追い出した。
律が履いていった青いスニーカーは、三月に吉野が選んだやつだった。たったそんなことが、この三年間できなくて、今さらようやくできたことに心が躍る。
「ふは」
余りの慌ただしさに、吉野はひとり玄関で息を吐いた。そのままずるずると床に座り込んでしまう。同棲するってこんなにも嬉しくて、慌ただしいものなのか。
大学でできたばかりの友人と、最近ソウイウ話をしたことを思い出す。曰く「恋愛対象はひとり暮らしがいい」。曰く「相手の家に入り浸りたい」。つまるところ、ソウイウコトがしたい。随分明け透けな話をしたと思う。
それにしても、みんな、そんな上手くいくのだろうか。吉野は未だに律と一緒にいることに慣れないし、ソウイウコトどころの話ではない。
その友人に、吉野は同棲していて、既に一ヶ月経っていると伝えたらどんな反応をするだろう。羨ましがられるだろうか。実態はソウイウコトなんて先の先の話だと言ったら、何と言われるだろう。というか、律はどう思っているのだろう。律は吉野とソウイウコトがしたいのだろうか。
「うう……」
悩ましい。律と友人は違うのだから、「違う」と言うかもしれない。けれど「したい」と言われたら、吉野はどうしたらいいのだろう。キスすらまともにできないのに、それより先なんて考えられるわけがなかった。
狭い廊下に両手をついて、ずるずると腰を持ち上げる。そのときランドリーボックスから律のTシャツがはみ出ているいるのが目に留まった。朝、ベッドの中で律に「吉野くんのにおい」とされたことを思い出す。
「……せんせぇばっかり、ずるい」
何がずるいのかは吉野自身もわかっていなかったけれど、とにかくそういう理由をつけて、ランドリーボックスの中の律のTシャツに手を伸ばす。するり、とTシャツを抜き取って、ぎゅっと掻き抱いてみた。鼻先を寄せてみる。
これが、
「せんせぇのにおい……」
同じボディーソープを使って、同じシャンプーも使っているのに、吉野とは違うにおいがする。
すん、ともう一度吸い込むと、急に羞恥が勝って、吉野は慌ててTシャツをランドリーボックスに戻した。
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