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第6話
何とも居た堪れない気持ちになったので、吉野は二限の講義を休んで洗濯機を回した。それでなかったことにはならないのだけれど、Tシャツもシーツもカバーも全部洗ってしまう。今日が晴れでよかった。ついでに粘着カーペットクリーナーも使って床の掃除もする。粘着カーペットクリーナーとはつまるところ「コロコロ」のことで、何のことはない、突然の大掃除をしただけだ。
無心に床中をコロコロしている内に罪悪感も剥がれていったようで、今夜律と顔を合わせても離席の言い訳を考えなくて済みそうになった。何といっても証拠はすべて隠蔽した。
「うん」
だから大丈夫だ。吉野はもう一度部屋の隅々まで確認して、得心する。
一段落ついたので時間を確認しようとスマートフォンを取り出すと、メッセージアプリが着信を告げていた。
「ん?」
コロコロを片手に、吉野は首を傾げる。メッセージの送り主は吉野の学友からだった。「yui」とあると女性名のようだけれど、「由比」と書く。苗字だ。本人が面白がって「yui」とだけ登録している。吉野も別段問題を感じなかったので、変更せずに使っている。
『今日、授業来ないの?』
メッセージを開くと、その一文と「?」という顔をしたスタンプが送られてきていた。まめなやつだ。
入学ひと月めで講義をサボった吉野を気にかけてくれているのだ。感謝の気持ちを持って、スマートフォンの画面をタップする。
『いく』
気持ちとは裏腹に、簡素な二文字だけで吉野は返信した。
そして急いで着替えて、鞄を持つ。中にはルーズリーフと、合格祝いに律から貰った万年筆が入っている。万年筆なんてまだ全く使い慣れていないので、実際にノートを書くのは受験のときにも使ったシャープペンシルだ。
出かける前に姿見の前に立つ。癖のない黒髪にノンフレームの眼鏡、無地のシャツに黒のスキニーパンツは律の見立てだけれど、どう見てもまだ高校生が私服で出歩いているようにしか見えないだろう。
「でもせんせぇが選んでくれたし」
その一言で今日の恰好が決まる。マネキン買いしている人と大差ない。
これも律が選んだスニーカーを履いて、玄関の鍵を閉めた。
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