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第8話

 残りの講義を受けて、そのあとに三時間のバイトをこなして、部屋の鍵を開ける。玄関に青いスニーカーがあった。律のだ。スマートフォンの画面の時計を見れば、当然律は帰ってきている時間だった。  スニーカーが三足並べばいっぱいになる玄関で、吉野も靴を脱ぐ。律の隣に脱いだばかりのスニーカーを並べる。  吉野のために用意された、その実ほとんど使っていない部屋に鞄を置いてから、リビングに向かう。リビングでは律がひとりで晩酌していた。外で吞んでくればいいのに、と以前提案したことがあるけれど、律は「吉野くんを肴に呑むんだよ」と酔っ払いのたわ言を言って、一向に聞く気配はない。 「せんせぇ、今日、お酒多くない?」  床にロング缶が二本並んでいるのを見て、吉野は律が手にしている缶を取り上げる。律は「吉野くん、おかえりぃ」と言いながら、吉野の手から缶を取り返そうとする。 「あー、水飲んでないしっ」  食卓を兼ねているローテーブルの上には、つまみが転がっているだけだ。吉野は律の手を逃れて、キッチンのシンクにアルコールの缶を置いて、冷蔵庫から麦茶のパックを取り出した。戻り際にコップもふたつ手にして、律の元に戻る。 「吉野くん、僕のお酒、返してよ」  酔っ払って顔を赤くしている律に絡まれる。それには「だめです」と返して、律の隣に座ると、ふたつのコップに麦茶を注いだ。  隣に座ると、律からお酒のにおいがした。律から「お酒ははたちになってから。はじめては僕と一緒に」と何度も言われていて、吉野はまだ呑んだことがない。そんなに美味しいものなのか、と首を傾げる。  コップを差し出すと、律は一度に半分くらいを空にした。そしてまだ中身の残っているコップをローテーブルに置くと、「吉野くん」と隣の吉野に腕を回してくる。吉野は律に引かれるまま、律の胸の中に倒れ込んだ。酔っ払いの律には逆らわない方がいい、と学んでいる。 「律せんせぇ?」  律の胸に顔をうずめている所為で、お酒のにおいに混じって律のにおいが強くする。耳は律のとくとくという鼓動が聞こえて、訳もなく吉野は赤面した。  ぎゅうぎゅうと抱きしめられている間、吉野は大人しくしている。本当は緊張でからだが動かなかった。その耳元に律が唇を寄せた。 「吉野くん、シーツ、汚したの?」  低い声に名前を呼ばれてどきどきしていたら、途端に今朝のことを思い出させられた。「う」とも「あ」ともつかない声を上げそうになるのを、吉野は慌てて飲み込む。  律に頭を撫でられる。指先が吉野の左耳を掠める。くすぐったい。 「何したの?」  何をしたなんて、言えるわけがない。密着する律に、吉野の心臓の音が聞こえないか、冷や冷やする。 「えっちなこと?」  被せて聞かれたので、吉野の顔にぶわぁと血液が巡る。律が冗談で言っているのかを考える余裕もない。

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