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第11話

 何度目かのスマートフォンの画面を確認する。朝の四時三十二分。律が起きるまで二時間半ある。吉野はそっとスマートフォンでソウイウ単語を検索にかけた。  考えてみれば、今まで吉野はソウイウコトに無関心過ぎた。いずれ何かの流れでソウイウコトをするようになっても、律がどうにかしてくれるだろう、と思っていた。でも検索してみて、その考えは甘かったことに気付いた。音声は消してあるから何を言っているのかはわからないけれど、映像だけでも吉野には刺激的だった。  どうしよう、こんなの、できない。  自分が律にソンナコトをするところを、想像できない。でも律に「吉野くん、舐めて」と言われれば舐めるだろうし、熱っぽく「挿れたい」と耳元で囁かれたら断れない。吉野の耳が熱くなる。  律はそんなこと言わない、とは思えなかった。むしろ律に言われたい。求められたい。どうしたら律に言わせられるだろうか。素直に訊いてみるには、勇気がいる。  昨日の夜の律の熱い息遣いを思い出す。本当は、律はもっと先までしたかったんじゃないだろうか。吉野がこんなだから、律は止めたんじゃないだろうか。そう考えると、吉野は隣で眠る律に申し訳なく思う。 「吉野くん……」  背後で律が吉野を呼ぶ。慌ててスマートフォンの画面をオフにした。振り返ると、律はまだ目蓋を閉じていて、寝言のようだった。やっぱり顔が近くて、律の睫毛まで数えられそうだ。頭のよさそうな額に前髪がかかっていたから、そっと指先で梳いてあげる。 「せんせぇ」  今度は蚊の鳴くような声で吉野が律を呼んでみた。返ってくるのは規則正しい寝息ばかりで、律からの返事はない。 「僕はどうすればいいの」  律に求められたい。熱っぽく名前を呼ばれたい。好きだということを伝えたい。でも方法がわからない。  律の唇は僅かに開いていて、でもそれが吉野を求める言葉を吐く気配はない。何か言葉が欲しくてその唇に噛み付いてやろうか、とも思う。  そっと唇を寄せる。心臓が脈打つ。これはとっても恥ずかしいことをしているんじゃないか。  律の顔で視界がいっぱいになる。唇と唇が触れそうな距離になる。律の呼吸が頬にかかる。くすぐったい。  律の唇に吉野の唇が触れる。温かい。柔らかい。というか、これが吉野から律へのはじめてのキスではないのだろうか。  そう気付くと、慌てて吉野は律から唇を離した。顔に熱が集まる。こんなふうに初キスを済ませるつもりはなかったのだ。これで余計に朝、どんな顔をして律と会話すればいいのか、わからなくなった。 「せんせぇの、ばかぁ」  吉野は小さく鳴いた。

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