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第13話
昼食時の個人経営のイタリアンのお店は、狭いながら混雑していた。吉野は女の子に連れられて、はじめてこの店に入った。成程、女性はこういうところで食事をするのか、と得心していると、彼女の前にカルボナーラが、吉野の前にボンゴレビアンコが供された。
「あの、」
パスタを突きながら、彼女が何度目かの話の糸口を探している。そして吉野は余り深く考えずにほいほいと食事の誘いに乗ったことを後悔しはじめていた。話は全然弾まないし、彼女の言いたいこともまだはっきりとわからない。
「その、」
彼女がまた話を切り出そうとして、やっぱり飲み込んだ。何なのだろうか。吉野が失礼なことをしただろうか。気が気でなくて味のしないボンゴレビアンコにフォークを刺しながら、内心首を傾げていると、意を決したらしい彼女が顔を上げた。カルボナーラの皿はほとんど空になっていた。
彼女とは同じ学科だった。たまに挨拶をする程度の仲だと思っていたけれど、何か吉野に落ち度でもあっただろうか。言いにくそうにもごもごと口を動かす彼女を見て、吉野は心当たりを探る。
「来宮くん、あの、」
彼女はまっすぐ吉野を見てくる。必然吉野も彼女の方に視線を向ける。なんだか嫌な予感がしてきた。
「来宮くん、わたしと、付き合ってくれませんか?」
予感は的中した。彼女は大事なことを宣言するかのように、一言一言区切って言った。目は真剣そのものだ。まずい。
吉野には三島律というれっきとしたお付き合いをしている人がいる。でもそれは公言しない約束だった。なんとか円満に断らなければいけない。彼女の緊張が伝染したかのように、吉野も緊張してきた。手のひらに薄っすらと汗をかいた。
まずはカタン、とカトラリーを皿の端に寄せた。さて、なんて言うべきか。のどがからからに乾いてきたので、セットでついてきたアイスコーヒーに口をつけた。彼女から見れば、これらは勿体ぶっているように見えるだろうか。
余り気を持たせてもまずいと思い、吉野は口を開いた。
「ごめんなさい、無理です」
吉野には律がいるのだ。素直に頭を下げた。彼女の息の詰まる音が聞こえた。吉野が悪いことをしているわけではないのに、心臓が痛い。
「理由を訊いても、いい?」
彼女は強かった。泣いていなかった。吉野なんかに涙を見せるのは勿体ないと思うので、そこには安心した。
「……付き合ってる人がいるから」
律のことをそう呼ぶのははじめてで、なんだか場違いに照れてしまいそうになる。にやけそうになる口元を、意識して締めた。
「そう、なんだ」
全然知らなかったよ、と彼女は続けた。それが寂しそうだったので、なんと返していいのかわからなかった吉野は「ごめんね」と言う。すると彼女は吉野を試すような目で見てきた。
「わたしがその人より先に出会ってたら、付き合ってくれてた?」
不毛な質問だと思ってしまった。吉野が律にいちばんはじめに会ったのは、中学三年の頃だ。確かにその頃出会っていたら、付き合っていたかもしれない。三日くらいかもしれないけれど。
「ごめん、順番の問題じゃないんだ」
律に出会った時点で、吉野の中ですべてがリセットされてしまった。だからきっとそのときもし彼女と付き合っていても、別れを切り出していただろう。
「そうなんだ。大好きなんだね」
彼女が俯いた。そこへ畳みかけるように、「うん。大好きなんだ」と吉野は答えた。
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