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第25話

 電車に揺られること五駅、大きな駅に着いた。駅直結のショッピングモールがいくつもある。それぞれの建物が有機的に結合していて、境目がわからない。  日曜日の昼の駅ビルは人が多過ぎて、ともすれば吉野は律を見失いそうになる。それに気付いた律が、吉野に左手を差し出してくる。 「ねえ、吉野くん、手繋ごうよ」 「やです」吉野はにべもない。繋ぎたいか繋ぎたくないかで言えば、繋ぎたいけれど、今はそんな気分ではない。 「吉野くん、機嫌悪い?」  そんな吉野の顔を、律は覗いてくる。飼い主の機嫌を窺う犬のようだ。僅かに傾げた首が犬っぽさを強調する。露わになっている頭のよさそうなかたちをした額に、反射的にキスしたくなったところを、ぐっと堪える。 「せんせぇが大人げないのがいけないんです」  つん、と吉野は律とは反対方向に顔を背けた。律は堪えきれず、といった様子でくすくすと笑いだした。「まだ気にしてるの?」 「気にしますっ」  ぷくぅとむくれる吉野に、律はもう一度左手を差し伸べてきた。 「ごめんね、僕の吉野くんだって見せびらかしたかったから。だから、僕の吉野くん、よかったら手を繋いで?」  これは「散歩に行こうよ」とリードを咥えてくる犬のそれと一緒だ。特に目が同じだ。それでも「僕の吉野くん」という言葉が何度も耳の中で反響する。嬉しい。律の中で特別になれたようで、嬉しい。ちらり、と横目で差し出された手のひらを見る。大きな、大人の手だ。吉野の髪を梳いてくれる手だ。吉野の好きな律の手だ。 「……今日は特別ですからね?」  どうやっても律の誘惑に勝てそうにない。目の前に差し出されていた手のひらに、そっと吉野の右手を載せる。するとすぐにぎゅっと握ってくれた。今日は初夏の陽気らしく、駅ビルにはエアコンが少し強めに効いている。握られた手は温かくて、心地がよかった。自然と頬が緩んでしまう。隠そうと思っても、右手は律の手の中だ。露骨に左側を向くのは、逆にわざとらしい。戸惑っている内に、律が横目で見ていることに気付いてしまう。 「あ、これは、」  吉野が言い訳を考えている間に、律が耳元に唇を寄せてきた。「吉野くん、いい子」それだけ言って、律は何でもないことのように吉野の手を引いていく。大変なことになったのは吉野の方だ。それはソウイウ意味で律が吉野をあやすときの言葉だ。今突然そんなことを言われるなんて、反則でしかない。頬も耳も熱くなって、吉野は俯いて黙って律に手を引かれる。

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