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第29話
コーヒー豆はスムーズに決まった。いつものやつの二種類と、新しいブレンドの豆を一種類。勿体ないけれど全部挽いてもらう。ついでなのでペーパーフィルターも買った。中々決まらなかったのはマグカップだった。陶器がいいか、ホーローもお洒落だ、耐熱ガラスは? 選びだしたらきりがない。店を数軒回って小一時間程使ったところで、結局じゃんけんで決めることにした。
「じゃんけんで、本当にいいんですか?」
吉野が確認すると、「それが公平でしょ?」と返された。そうかもしれない。律はきっと吉野が選んだものに文句は言わないだろうけれど、吉野は譲ってもらった、という印象がつきまとうだろう。その点じゃんけんなら後腐れがない気がする。結果は律が勝った。
律は遠慮なく、ちょっと高価なマグカップをふたつ、手に取ろうとした。
「あ、それ、高いやつ」
思わず吉野が口を挟むと、吉野の口に律の人差し指がそっと寄せられる。「僕が勝ったからね」
「はい」そういう約束だ。律は薄い桜色の釉薬のかかったマグカップと、白っぽいグレーの色違いのマグカップをひとつずつ手にした。レジに持って行くと、「プレゼント用ですか?」と訊かれ、丁寧に梱包されて戻ってきた。吉野がマグカップの入った紙袋を手にしようとしたところで、横から律の手が伸びてきた。
「これは僕が持つから、吉野くんは僕がどこか行かないように手、繋いでて」
そう言ってまた左手を差し出してくる律は、飼い主にリードを持っていてと頼む犬そっくりだ。思わず「しょうがないなあ」と笑みが零れた。差し出された律の手をとる。
「ああ、吉野くん、今日はじめて楽しそうにしてくれた」
安堵する律に、そうだったか、と吉野は首を傾げる。確かに最初はむくれていたし、食事が供される前は緊張していたし、そのあとも楽しかったのだけれど、特別楽しそうな顔をしていなかったかもしれない。律が吉野を気にしていたとなると、悪いことをしたことになる。こういうところが子供っぽいのだ、と思ったけれど、律がそれでいい、と言ってくれたので、今はその言葉に甘えておく。
「楽しかったですよ、律せんせぇ、ありがとう」
律の手をぎゅっと握ると、律も軽く握り返してくれた。「僕も、ありがとうね」
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