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よしののおまけ-キス編

 投票ありがとうございました!  これで本当に終わりです。  お付き合いいただき、ありがとうございます! *****  来宮吉野は三島律とお付き合いをしている。付き合ってわかったことは、律は案外中途半端で、そして犬に似ている。試しに「お手」と言ってみたときがあったけれど、喜んで吉野の差し出した手に手を絡めてきた。きっと前世はよく躾けられた犬だったんだと思う。  そんなことを思いながら、本日の夕食の当番である吉野は、ビーフシチューの鍋をかき回していた。なぜそんなことを考えているのかと言うと、今背後には律がぴったりとくっついているからだった。なんなら腕を肩に回されている。じゃれてきている大型犬を背負っている気分だ。安心感はあるけれど、邪魔か邪魔でないかで言えば、邪魔だった。 「律さん、もうすぐごはんができるので」  空いている方の手で、肩に回された腕をぺたぺたと叩く。「離して」の合図だ。それなのに律は「『ので』?」と尋ねてくる。 「お皿出して、待ってて下さい。火傷したら危ないし」  吉野が言うと、「了解」と回されていた腕が解かれる。律と密着していた背中に空気が入り込んできて、ちょっとだけ寂しい。代わりに背後で食器棚をいじるカチャカチャという音がする。鍋の横に深皿が二枚、用意された。 「ありがとうございます」  心の中で「グッドボーイ」と付け足すのも忘れない。あとで頭を撫でてあげよう。  基本的に市販のルゥを使っているので失敗はしないはずなのだけれど、一応味見はしておく。お玉で鍋の中身を少量掬って、小皿にとる。そこに口をつけた。多分、味は無難なんだと思う。横でじっと律が見てくるので、「律さんも味見します?」と訊くと、目をきらきらさせて「YES」の返事が返ってきた。そういうところも犬っぽい。  律の分を小皿によそって、差し出す。「ありがと」と律が受け取る。「熱いですよ」と忠告したのに、小皿に口をつけて「熱っ」と赤くなった舌先を出す。 「水飲んで下さい」  律をシンクの方へ追いやり、吉野はガスを止めて、皿の中にビーフシチューをよそう。野菜がごろごろ入っているというと聞こえはいいが、実際は不揃いに切られた野菜が大小ごちゃ混ぜになっているだけだ。野菜を均一に切るのはまだ苦手だった。それでも律は文句を言わないので、ありがたいと思っている。  水で舌先を冷やした律が、ようやく「美味しいよ」と言ってくれたので、市販のルゥで作ったものでも吉野の中では成功になった。心の中で、両手を握る。あとで律を撫でてあげたい。  皿をいつものローテーブルに運んで、「いただきます」をする。 「シチュー、作り過ぎました」 「じゃあ、明日の夕飯はグラタン?」 「そうですね。パスタないですけど」 「買ってきます」  そんな会話をしながら、夕食はつつがなく終わった。そして食べ終わったあとの食器はすぐにシンクに浸けてしまう。そうしたら一旦一段落着くのが、この家のルールのようになっていた。  ラグの上に座ってぼんやり見るともなしにテレビを観ている吉野の、その隣で律は横になってスマートフォンをいじっている。別段何を見ているのかは気にならない。ただ普段は見えないつむじがよく見えた。  テレビが偶然、大型犬の動画を流す。投げたボールを取りに走って、咥えて戻ってくると、飼い主が「グッドボーイ」と褒めるだけの動画だ。犬は褒められて、撫でまわされて、実に気持ちのよさそうな顔をしている。  思わず律を見てしまった。 「……律さん、撫でてあげましょうか?」  口ではそう訊いてみたけれど、実際は撫でたい。撫でて、目を細めて気持ちよさそうな、満足そうな顔をするとことが見たい。 「ん?」と顔を上げる律が、「なあに?」という顔をしている犬に見える。 「どうしたの、吉野くん。撫でたいの?」  笑いながら訊かれたので、素直に「撫でたいです」と答えることにした。律が「はい」と頭を差し出してくる。そのかたちのいい頭にそっと両手を添えると、頭のかたちを確認するように撫でた。頭頂部、耳の脇、頭を抱きかかえて後頭部も撫でる。その間律は大人しくされるがままになってくれる。最後は鼻先を律の髪の間にうずめてしまう。息を吸うと律のにおいがする。ぐりぐりと鼻先を押し付けた。律がくすくすと「くすぐったいよ」と笑う。 「そういえば律さん、舌の火傷って治った?」  腕の中で律が「ん?」と言う顔をする。小首を傾げているさまが、「なになに?」と問いかけてくる犬にそっくりだ。 「確かめてみる?」と差し出された舌先は、もうあのときの真赤なふうではなかった。一時的なもので、もう治ったのだろう。その舌先を出した律の顔は、吉野からのキスを期待している。 「うう……」  まだ吉野からキスをするのは緊張する。胸がどきどきする。それでもいつもなら「ステイ」と言ってしまうけれど、今日はしてもいいかな、と思った。吉野は「確かめます」と律の頬を両手で包んで、そっと唇を寄せた。

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