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前編 真っ直ぐな想い/8
「ん? どうしたい?」
こういう時の真島さんは、いつもの数倍も優しくて、色っぽくて、格好良い。大きな掌で髪を撫でられると、少し狼狽えてしまう…。
不意に目線を泳がせたその時、視界の端にキッチンが見えた。その瞬間、俺の心臓が大きな音をたてた。
『…隼…人』
毎日毎日飽きもせず、人の家のキッチンを占領しては幸せそうに洗い物をする。そんなアイツの姿が脳裏を過った。
待てよ、明日の朝もアイツが来るかもしれない…。
(でも明日は休日だし。)
でも、もし来たとしたら、俺が居なかった時アイツはどうする?
(別に何がバレても困らないだろ?)
いや、アイツにバレたら姉貴にもバレるかも。
(バレてどうなる、恋人が出来たと勘違いでもしてくれたら好都合。もうアイツも来なくなるさ。)
そもそも、今朝喧嘩したとこなのに来るはずがないだろ?
(でも、もし、万が一…。)
「ごめんなさい」
「…え?」
「本当にっ、ごめんなさいっ!!あのっ、明日、朝からお客さんが来ることになってたの忘れてて!タクシー代は払いますっ、だから本当にっ、…今日は、すみませんっ!!」
そう言うと、俺は上着と鞄を握りしめ、真島さんの部屋を飛び出した。
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