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第五章・16

 そういえば相原に丘山が、安くても美味いものはある、と言い張ってたっけ。 「利き酒ができるほど、飲んだことないんだけどなぁ」 「このグラス一杯だけ。優希もワインくらいなら、飲めるようになってもいいんじゃないか?」  誕生日には、ハイクラスのワインを用意しておくから、との要人の言葉を嬉しく聞きながら、優希はゆっくりと一杯のワインを飲み進めていった。  そんな優希の様子を注意深く窺いながら、要人はワインを三杯飲んでいた。  食事を終えた頃には、いや、ワインを一杯干した頃には、優希はふわふわと良い心地になっていた。 「やっぱり、僕にはまだアルコールは早いみたいだ」 「はは。顔が少し赤くなってるぞ」  でも確かにおいしかった、と気分は悪くなさそうだ。  そこで要人は、一歩踏み込んでみた。 「そういう優希だって、ビール持って誘ってきたことあるじゃないか」 「あの時は……」  そう。  要人と、せめてキスくらいできるようになろうと精一杯背伸びして、自分から飲酒に踏み切った時があったのだ。  おかげでキスへの抵抗感は薄らいだものの、まだまだ恥ずかしいことには変わりない。  酔いの赤さに羞恥の熱が加わって、優希は無理やり話題を変えようと頑張った。 「要人は、ずいぶん慣れた感じだな。もしかして、晩酌とかしてる? おひとり様で」  ちょっぴりからかう響きでもって、そう問いかけた。  笑い話でうやむやにしてしまおう、と思ったのだ。

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