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第10話

 装飾品として定着した今では、これこれこういう色と形で、と細かい点まで注文をつけて誂えるのが一種の箔づけになる。製作中のつけ耳の依頼主は鹿族の少年で、 「弱い者いじめをする級友をとっちめてやるんだ。お守りになるやつを作って」  との希望に添って獅子や豹の親戚にあたる虎の耳を模してみた。図鑑なる〝せかいのどうぶつ〟という古文書を参考にしたのだが、ふさふさ感を強調したのが功を奏して迫力がある。これをつければ、いじめっ子を呑んでかかるだろう。  ともあれ、ひっきりなしに注文が舞い込むおかげで食うには困らない。  ──王位争いは一番上から六番目までの兄上たちでやってくれ。俺は独りで生きていく、あばよ。  そう啖呵を切って四年前の夏、二十歳(はたち)の誕生日に王宮を飛び出した。以来、港で荷役をやったり煙突掃除夫をやって日銭を稼いだ。そのかたわら、つけ耳の技術を習得して、ついに住まいを兼ねた工房を構えるに至った。  台所の他に寝室があるきりの、ささやかなものとはいえ、大は寝台から小はスプーンまで自力で買いそろえた〝城〟だ。  ヴォルフとジョイスの母親はどちらも豹族、且つ側妻(そばめ)だ。ジョイス以外の異母兄は獅子族である正室の同胞(はらから)で、事あるごとに見下してくれた。絢爛豪華な王宮は欺瞞に満ちて、いつの日か独立を果たすことを夢見て、それを叶えたのだ。  王宮前の広場でドン──空砲が鳴って正午を告げた。 「昼か、腹がへるわけだ……」 〝虎の耳〟を作業台に置いて伸びをした。屋台にひとっ走りして、にぎやかな通りを眺めながら羊の串焼きにかぶりつく。  今宵は月齢十三。犬歯が牙へと変わりゆく兆しに歯茎が疼いた。ヴォルフは、おどけた筆致で羊の絵が描かれた(のぼり)をつついて改めて不思議に思った。自分も羊も同じ哺乳類でありながら、なぜ俺には知能が(そな)わり、羊は毛を刈られて食われる立場に枝分かれしたのか。  王室付の家庭教師曰く、 「獣人は(たっと)い存在。だからですよ、王子」。  串にへばりついた羊の肉を前歯でこそげた。〝せかいのどうぶつ〟図鑑には、さまざまな動物の写真が載っていた。象やキリンといった地上を闊歩していた巨大な生き物が滅びて、獣人が出現した背景にはどんな摂理が働いていたというのか。  獣人は、いわば突然変異だ。

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