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第11話

 工房に戻り、ふと思い立って、隠し金庫を開けた。誕生を祝して国王が王子へ授けるしきたりの指環を掌の上に落とす。純金製で、市場価値は計り知れない。  金額云々以前に、それぞれの名前が刻まれえた指環は王子である証し。これと同等のものをジョイスは輝夜に惜しげもなく贈ったのだ。愛の(しるし)に、と。どれほど彼に惚れ抜いていたのかを雄弁に物語る逸話だ。  輝夜──。うろ覚えの漢字とかいうものを空中に尻尾で綴る。ヒトという種族は、えてして独特の雰囲気を漂わせるのだろうか、ただ会話を交わしているぶんには、とりたててどうこう思わなかった。ところが謎めいた笑みが口許に刷かれたとたん理性を狂わせる何かが、にじみ出すように感じた。  あの、人形めいて麗しい(おもて)の一枚下には得体の知れないものが潜んでいて、きっかけひとつで現れ()でたそれが四肢に絡みついてくるような錯覚に陥って寒気がした。  弔いの夜の記憶が甦ると、深い谷底を覗き込みでもしたように尻尾がぶわっと膨らむ。転びそうになった輝夜を支えた。単にそれだけの出来事なのに、しがみついてこられると生娘(きむすめ)のごとくどぎまぎしてしまった。  友人が相手でも、べたべたするのが苦手な性質(たち)だからか? とにもかくにも過剰に反応した理由が謎だ。 「〝兄貴の恋人〟には魂消たからなあ……」  指環を爪に引っかけて、くるりと回した。たかが抱きつかれたくらいのことで動揺した原因は、恐らく神経が高ぶっていたせいだ。  金茶に染めた髪の毛を縫い針の針孔(めど)に通した。〝虎の耳〟をかがりはじめたせつな、 「毎度お、郵便でえす」  通りに面した扉が勢いよく開いた。と同時に制服姿の青年が、つむじ風のように駆け込んできた。 「ソーン、いつも言ってるよな? 呼び鈴を鳴らす、俺がどうぞと答える、うちに入るのは、そのあとだ」 「ごめんねえ。恋人と裸でイチャついてるとこに、おじゃま虫参上じゃ困るもんね」 「恋人なんかいない、作る予定もない」 「ヴォルフはカタブツだかんな。でもさあ、硬派ぶってるやつほど恋に落ちると一直線だったりするんだよね」  ソーンは、くりくりした目を片方つぶってみせた。鹿族の彼は郵便局員で、急坂を駆け登ったり駆け下りたりするのが得意な脚質を生かして郵便物を配って回る。たすき掛けにした鞄から封書と葉書を取り出すと、ことさら(うやうや)しく差し出してきた。

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