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第14話

   ところで、それは月の満ち欠けが肉体に影響をおよぼす獣人の宿命(さだめ)だ。月齢十五の夜を迎えると、あたかも粘土をこねて造形するような変化が筋肉組織に生じて、毛むくじゃらの四つ足と化す。  その現象をメタモルフォーゼと呼ぶ。月に向かって吼え、原始の血がたぎる一夜を謳歌するのだ。 〝豹〟の姿で過ごす、かりそめの時を満喫したぶんも疲れが残る翌晩、出かけた。虹色のキャンディが綺麗な缶に収められたものを手土産に携えて。  椰子の実から削り出したというペーパーナイフにしようか、それとも挿絵が美しい詩集にしようか。例の市を十周もしたすえに、ようやく決めたひと品だ。  たかが輝夜への手土産を選ぶのに、何をそんなに迷う必要がある。適当な品でいいぞ、適当で。裡なる声の言うとおりで、酔狂さに我ながら呆れたが〝兄の恋人〟を気遣ってあげれば、あの世でジョイスが喜ぶだろう。 「ザクロ通りの三番地……だったな」  ヴォルフは、ひらりと辻馬車を降りた。豹族の者は、おしなべて滑るように歩くと言われている。実際、底に鋲を打った靴を履いているにもかかわらず足音ひとつ立てずに石畳を行くあたり、獲物に忍び寄る豹そのものだ。  王宮を中心にして、主要な通りが放射状に延びる。それぞれの通りには、その名に(ちな)んだ街路樹が植わっていて、ザクロ通りは折りしも花盛りだ。鮮やかな紅色に染まった枝々がなよやかに揺らめくさまは、何万頭もの蝶が(はね)を休めているところを思わせた。  幸先がよい気がする。ひと枝を戯れに引き寄せて、甘い香りを楽しんだ。俺は妙に浮かれていないか? 枝を跳ねあげて先を急ぐ。  輝夜は、旧市街と呼ばれる一角で薬草茶を専門に扱う茶房を営んでいるという。めざす店は路地のどん詰まりに、ひっそりとたたずんでいた。  古めかしい石造りの一軒屋は、つけ耳屋の工房と同じく奥が住まいになっているとおぼしい。扉にごくごく小さな看板がはめ込まれていて、ここが、そうだと知らなければ、うっかり通りすぎてしまうだろう。  わざわざ出向いてきたと知れば、輝夜は恐縮するに違いない。たまたま近くに来たついでに寄ってみたふうを装うことに決めて、ひとまずキャンディの包みを上着のポケットに押し込んだ。  なんとはなしに耳の毛を撫でつけてからノブに手をかけて、そこで口をへの字にひん曲げた。ふつうは戸枠の隙間から薄明かりが洩れるものだが、暗い。  早じまいしたのか、生憎と定休日に当たったのか。風船がしぼんだようにがっくりきて、そのくせ無駄足に終わったことを喜んでいる面が無きにしも(あら)ずだ。ヒトは銀河さながら遠い存在だっただけに、接し方に戸惑うものがあるのだ。

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