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第15話
気が向いたときに、また来よう。踵 を返しかけて、だが茶房と隣家の間の狭路が「おいで、おいで」をしているようだ。あれを抜けて茶房の裏手へと回り込み、そちら側から訪(おとな)うのはありか?
愛別離苦──想像を絶する苦しみは日を追うにつれて薄れるどころか増していき、芋虫に食い荒らされた若芽のように精神 を蝕まれるのかもしれない。もしかすると輝夜は、店を開く気力すら失って寝込んでいるのでは?
と、尻尾が独りでに持ちあがった。耳もぴくりと動いた。誰かが内部 にいる、ガサゴソやっている。
誰か、とは店主の輝夜に決まっているが、夜目がきく獣人と違って、ヒトは暗がりの中では動きが制限されるはず。ならば、あの物音の正体は? まさか、空き巣が金目のものを物色している現場に来合わせたのか?
生唾を吞み込み、そろりと上着を脱いだ。輝夜はジョイスにとってかけがえのない男性 で、ならば亡き兄に成り代わって彼を護る義務がある。
空き巣どころか強盗が輝夜に狼藉を働いていた場合は、容赦しない。相手が獅子族のならず者だろうが、ぶちのめしてやる。
扉に鍵はかかっていなかった。そっと店内に躰をすべり込ませて、あたりを見回す。手前は鉤型のカウンター、その背後の壁は造りつけの棚で、薬草を収めた幾多のガラス瓶が鈍く光る。カウンターに沿ってストゥールが六脚。窓際にテーブル席が縦に並んで二卓と、こぢんまりしているぶん居心地がよさげだ。
なのに尻尾の毛が逆立ってしょうがない。生臭いのだ。饐 えた臭いが店内にこもって、嗅覚が鋭い時期の鼻粘膜がむずむずする。空き巣を取り押さえる事態は免れたが、何が異臭を放っているのだ。
奥まったテーブル席──背もたれが戸口の方を向いている長椅子の陰で、肉色のものが上下した。
「おい、いるのか。俺だ、ヴォルフだ、ジョイスの弟の……」
肉色に視線が吸い寄せられた瞬間、心臓が跳ねた。猫足が軋み、座面を波打たせて、ふたつの影がもつれ合って蠢いた。
よくよく見れば、脱ぎ捨てられたスラックスが蛇の抜け殻のように背もたれから垂れ下がっている。影のうち、下になっているほうが輝夜だ。腰を掲げる形で這って、肘かけを抱え込んでいる。
あろうことか、いきり立ったイチモツが尻の割れ目を忙しなく出入りしていた。
現実味がとぼしいため、断片的に捉えた像がまとまった形を取るまでしばらくかかった。目をしばたたいても、瞼をこすっても駄目だ。厭わしい光景が一向に消えないなんて、俺は、悪夢の中に迷い込んでしまったのか?
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