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第18話
ヴォルフは拳を握ると、その拳をもう片方の手で押さえつけた。手枷がはまっていると自己暗示をかけておかないと、激情に身を任せて輝夜を殴り飛ばす。淫売め、兄貴を愚弄するのか、と吼えたてて、命乞いをしてこようがかまわず鉄拳を見舞ってしまう。
深呼吸をしても興奮がおさまるどころか、想像力はおぞましい方向へ暴走する。つい今し方まで穿たれていた孔は、再び空隙を埋めてくれるものを欲して、むずかるようにひくひくしているのだろう。繊毛で昆虫を捕らえる食虫植物さながら。
「いいところで邪魔をしてくれたのが、まさか、きみだったとはね。鍵をかけ忘れなんて迂闊だったよ」
輝夜が、けだるげに乱れ髪を搔きあげた。
ヴォルフはストゥールに尻を引っかけた。面憎いほど落ち着き払っているくせに哀しみの影が付きまとっているような風情が、なおさら神経を逆なでしてくれる。箱をなかば握りつぶしながら煙草を咥えとり、内扉へと顎をしゃくった。
「あの奥、塒 か。とっとと躰を洗ってこい」
十数分後、輝夜はこざっぱりした恰好で戻ってくると湯を沸かしはじめた。
「ゆうべは月齢十五だったね、メタモルフォーゼにともなって負荷がかかった筋肉の疲労回復に効果がある薬草を調合した、お茶」
ガラスのカップに注いだそれに、蜂蜜をひと垂らし。薄赤い茶に、触手をくねらせるクラゲのような模様が描き出された。
豹族の例に漏れずヴォルフも猫舌だ。程よく冷めるのを待って、且つ毒見をするような用心深さで、鼻をつまんですすった。盛大に顔をしかめてカップをカウンターに戻すと、舌を爪でこそげた。
「おぇえ、な味だ」
「鹿族の中でも菜食主義者には好評なのに残念だな。肉食獣系のきみたちは、こってりした味つけを好む傾向にあるものね」
言葉の端々に諦念がにじむ。ヒトが、ハネイム王国の総人口に占める割合は万分の一。きわめて少数派に属するということは、孤独を飼い馴らして生きていくということだ。
にわかに共感を覚えた。ヴォルフは小さくうなずき、灰を弾き落とした。ヴォルフ自身、王宮で暮らしていたころは、のけ者の悲哀を嫌というほど味わった。それでもジョイスという境遇を同じくする者がそばにいたおかげで、まだ救われた。
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