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第20話

 ヴォルフはベルベットの手ざわりの耳をまさぐった。  目覚めよ、と脳の奥深い位置から太古の血が囁きかけてくる。それは新月の夜にはヤモリの鳴き声以上に(かそ)けし私語(ささめごと)だ。うちなる声は月齢を重ねるにしたがってだんだん大きくなっていき、やがて心臓がひと()ちするごとに全身に響き渡る。細胞という細胞がざわざわと蠢動して、やがてが訪れるのだ。  四つ足で走るのに適した体軀へと、まず腕がいくぶん縮み、下肢は関節の位置がずれる。  頭蓋骨から趾骨(しこつ)に至るまで、ありとあらゆる骨が軋んで、穿孔機とハンマーが体内で暴れ回っているに等しい、この段階が最も苦しい。  いわば骨格の構造を変える工事が終わると、全身が剛毛で覆われて斑紋が月光を弾く。口吻がせり出して、太くて長い髭が鼻の周囲にぴんぴんと伸びる。  四肢を踏ん張り、肉球と鉤爪でしっかりと大地を捉える。五感が冴えに冴えて、モグラがトンネルを掘り進める音さえ聞き漏らすことはない。  風に乗って運ばれてくる遙か彼方の匂いを嗅ぎ取る。たとえば数キロ先の庭園で薔薇が咲いた、と。たとえば街道を行く荷馬車の積み荷はタラの燻製だ、と。  そして誇らしく尻尾をなびかせて駆け出す。窮屈な(ころも)を脱ぎ捨てたように己を解放するのだ。  獅子と豹および狼と数種類の大型犬、それから鹿。彼ら、彼女らが屋根から屋根へと駆け渡り、あるいは尖塔にのぼって咆哮する。美景をもって鳴る首都ウェルシュクの、白壁の家が階段状にひしめく斜面で思い思いにくつろぐさまは壮観だ。  ヴォルフは首筋の飾り毛を撫でた。ともに現国王の落とし(だね)であるヴォルフとジョイスの場合、半分獅子族の血を引いていることから神秘の夜には少々貧相ながらも、たてがみが顔を縁取る。  それは純血種であることを鼻にかける第一から第六までの王子たちが、 「鳥と獣、どっちつかずのコウモリみたいでみっともない」  せせら笑う代物(しろもの)ではあるのだが、満更気に入っていないこともない。

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