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第21話
〝なれそめ〟が記憶を呼び覚ましたのだろう。輝夜が胸元で揺れる鎖をたぐり寄せた。恋と題したアルバムをめくるような指づかいで、指環をいじる。
ヴォルフは紅茶をスプーンでムキになってかき混ぜた。勝手な言い分だが、幻滅したというのが正直なところだ。ヒトという種族に共通の特徴なのか、輝夜は見た目に限って言えば清潔感にあふれて、虫も殺さない、というあれだ。ジョイスは最初に庇護欲をかき立てられて、それが恋情へと発展し、輝夜の本性に気づいたときには、すでに深みにはまったあとだったのかもしれない。
紅茶をがぶ飲みして、微かなえぐみに眉を寄せた。恋人同士が互いに貞節を守るのは当然の礼儀だ、と思う。〝定期的にオトコを摂取する必要に迫られる体質〟などと屁理屈をこねて他の男を銜え込むこと自体、恥ずべき裏切り行為だ。ジョイスが大目に見ていたなんてデマカセに決まっている。
「あんた、兄貴を弄んでくれたんだな」
「まさか! 愛していた、真剣に、心の底から愛していた……!」
きっぱりと言い切られても、あの場面が頭にこびりついて離れない以上、とうてい信じがたい。代金に見合うだろう硬貨を数枚、天板に叩きつけると皮肉たっぷりに言い添えた。
「帰る、思いがけない眼福をさせてもらって得した気分だ」
「お代なんかいらないよ、ジョイスの弟からいただけるわけがないだろう?」
「俺は、借りを作るのは嫌いだ」
「わかった、じゃあ預かっておく。つぎに来たときは必ずご馳走させておくれよね」
鼻で嗤って返した。ストゥールからすべり下りるのももどかしく扉へと向かい、ところが一刻も早く立ち去りたいときに限って靴紐がほどける始末。だいたい、これでは文字通り尻尾を巻いて逃げるようでくやしい。
俺がいなくなればこれ幸いと、さっきのオトコを呼び戻すかもしれない。阻止する体で戸枠に寄りかかった。
一方、輝夜は仕込みに取りかかった。生 の薬草を乳鉢で擦る、あるいは天井から吊るして乾燥させていたものをより分けてガラス瓶に移し替える。きびきびと働き、それでいて舞を舞うように優雅な身のこなしに、無意識のうちに見蕩れてしまう。そうと気づくたびに、ぎりぎりと唇を嚙みしめる。
と、突如として自己瞞着 という壁が崩れ落ちて尻尾がだらりと垂れた。今夜、茶房を訪れた一番の目的は、俺は慕わしい兄貴を、輝夜は恋人を喪った哀しみを共有したかったのだ。心の傷が多少なりとも癒えるどころか、憔悴しきった顔で迎えられることを期待していたのだ。輝夜を慰めるのにかこつけて、俺が気持ちの整理をつけたかった。
計算が狂ったからといって横柄に振る舞うとは、さもしいにも程がある。
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