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第22話
「突っ立ったままで、どうしたの。罵倒し足りないなら、気がすむまでどうぞ」
さあ、と促すように輝夜が掌を上に向けた。ヴォルフは扉を足で引き寄せて蹴りやった。
やんちゃな仕種にジョイスとの思い出が重なるものがあったとみえて、笑顔にひびが入った。輝夜は一度うつむき、ぎゅっと衿をかき合わせると、努めて口角をあげた。そしてヒトの耳たぶをさわって話題を転じる。
「そういえば妙な話なんだけどね、耳の毛がごそっと抜けた、発毛剤の成分を含んだお茶はないか、と問い合わせてくるお客さんが急激に増えたんだ。きみの耳はふさふさして大丈夫そうだね」
「鹿族のダチ──ソーンって郵便配達夫が似たようなことを言ってたっけな。それに……」
カツラや義手を誂える感覚とでも言おうか、つけ耳の注文が引きも切らない。最近は作業に没頭しているうちに東の空が白んでくるのもザラで、疲れが溜まっているぶん声が尖る。
「ヒトにはない悩みだろうが、羨ましいか」
空気が凍りつき、ヴォルフは自分をぶっ飛ばしてやりたくなった。肉体の差異をあげつらうなんて下劣で、だが心にわだかまるものがある精神状態では、謝罪するつもりがもっと棘に満ちた言葉をぶつけてしまいそうだ。ジーンズのポケットに手を突っ込むと、殊更肩をそびやかして表に出た。
通りの名に因んだザクロの並木が、ガス灯の下で輪郭をにじませる。盛りの花が馥郁と香り、ただしカリカリきているときは無性に甘ったるく鼻孔をくすぐり、かえって腹の底がざわざわする。
はらり、と舞い落ちた花びらを、わざと踏みにじって家路を急ぐ。薬草茶の味以上のえぐみが口の中に広がり、それは、つまり自己嫌悪の味だ。
双方納得ずくなら、どんな付き合い方をしようが本人たちの自由だ。身持ちが悪い点も含めて、ジョイスは輝夜に愛情をそそいでいた。それは、それでひとつの愛の形で、異母弟ごときが口出しする筋合いじゃない。自分の尺度で是非の裁定を下すのはガキの考え方だ。
天を仰いだ。俗に生き物は死んだら星になると言う。だったら、ジョイスはどの星だ?
苦いため息が夜風に溶けた。
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