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第24話

  「耳だ、頼む、礼金は弾む。俺の耳を一番に作ってくれ」    狼族の男が札束を掲げて叫ぶと、獅子族の女が尻尾と肘で押しのける。 「狼族の分際で厚かましい、そのへんのタワシでも載せときな」  などと口汚く罵るのは序の口で、今にも乱闘騒ぎに発展しかねないほど皆、殺気立っている。群衆には共通点がある。(かんな)をかけたように頭の両脇が削げていて、種族それぞれに形が異なる耳は、そこに在った痕跡をわずかに留めているのみだ。  不安と苛立ちをない交ぜに引きつった顔が、一斉にヴォルフのほうを向く。集団全体が恐慌状態に陥っているようでは、整理券を配ると言っても通用するまい。  ヴォルフは胸倉を摑んできた男を引きはがした。群衆が雪崩れ込んでくる前にからくも扉を閉めおおせて(かんぬき)をかける。籠城するか? いや逃げるが勝ちだ。裏手の窓から脱け出して屋根に登ると、煙突の脇にうずくまった。  耳、耳、耳……。呪文を唱えるように大声で繰り返し人波がうねる。将棋倒しが発生して何人かが路上に倒れたままでいても、平然と踏みつけて進む。  狂気にとり憑かれたような集団には、躰をふたつに折って咳き込む獣人が少なからず混じっていた。朝日が昇り、街じゅうが朱金にきらめくなかで、異様な熱気に包まれた光景が繰り広げられる。 「わっ、わっ、わっ、なんの騒ぎさ」  ひょろりとした人影が、ぴょんぴょん飛び跳ねるさまが視界をよぎった。ソーンだ、郵便屋のソーンが人垣のすぐ外側にいる。  ヴォルフは援軍が到着したように思い、だが大っぴらに合図して群衆を刺激すれば、数を頼んで屋根から引きずり降ろされる恐れがあった。ソーンと目が合ったと確信できるまで待ち、それとなく顎をしゃくった。 「電報でえす、はい、通りまあす」  ソーンは持ち前のすばしっこさを発揮して、すいすいと人混みの間をすり抜ける。そして工房と軒を接する隣家の屋根によじ登った。うなずき合い、包囲網を突破して遁走を図るふうに、屋根伝いに波止場まで駆けどおしに駆ける。桟橋の陰でひと息入れると、ソーンは鹿の耳をぷるると振った。 「診療所も長蛇の列さ。医者を出せ薬をよこせって、みんな怒鳴ってて。おいら、おっかなくてチビりそうになったよ」 「正直な話、俺も足が震えてた」  ヴォルフは汗にまみれた額をシャツの肩口でぬぐった。ソーンと並んでしゃがみ、なんとはなしに声をひそめた。 「うちに詰めかけた連中の耳な、ほぼ全員欠けてた。診療所に押し寄せた患者もそうなら……流行り病が発生したのか」 「だったら早耳のソーンさまが知らないはずがないけど」

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