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第26話

 蚊にたかられたように首筋を搔きむしると、 「恋文をもらったみたいな表情(かお)してらあ」  鼻の頭をつつかれた。ヴォルフは制棒をぺしゃんこにして返し、薄紙をひらつかせた。 「おまえが、こいつを受けつけたのか。頼んできたやつ、俺のこと何か言ってたか」 「別に何も。ただね、おいらヴォルフの友だちって言ったら、にっこり微笑んだっけ。でも、ちょっぴり淋しそうに見えた」  ふぅん、と気のないそぶりを繕って薄紙をめくった。淋しいのはオトコ日照りのせいか、だったらせいぜいオトコ漁りに励みな、と腹の中で毒づきながら。  肩透かしを食らったと気がするほど、文面はあっさりしたものだ。電報一本あたりの文字数が限られているとはいえ、味も素っ気もないと、がっかりする部分があるのが不思議だ。 〝先日ノ オ詫ビガシタイ 再ビノ来店ヲ心待チニシテイル〟。  二回、三回と読み返すにつれて口がへの字にひん曲がっていく。お詫びの具体的な内容はまさか、先日イヌ族の男が受けていたのと同じ種類の特殊なもてなし方ではあるまい。そう勘繰ることじたい輝夜を侮辱するに等しいが、深読みすれば幾通りもの解釈が成り立つ以上、胡散臭いものを感じてしまうのは当然の流れだ。  厳重な封印をほどこすように、電報を筒に戻して蓋をきっちり閉めた。ちらちらと手許を覗き込んでくるソーンに、努めてさらりと告げた。 「おまえが電文を(ことづか)ったやつは、実は死んだ兄貴の恋人だ」  交易船の汽笛より甲高く、口笛の()が響き渡った。 「丈の長い上着を着てフードをかぶって工夫してたけど匂いはごまかせないもんね。尻尾を拝見なんて上着を剝いでみなくても、わかっちゃった。あの麗人はヒト……だよね?」    ヴォルフはうなずいた。 「そっかあ、ヴォルフの兄君さまはヒトと恋仲だったのかあ。高嶺の花を射止めて、さすが王子さまだね。でもさ……」  鹿の耳が、ぺたりと寝た。 「ヒトで、とびきり綺麗なのは二重に不幸さ。ヒト買いがさらって、奴隷市でスケベじじいが競り落として、さんざんオモチャにして飽きたらポイ。遊び殺すことも珍しかないんだって、おっかない話だろ」 「くだらねえ。その手の噂はたいがい、これだぞ」  眉に唾を塗る仕種であしらった。詰襟──郵便局員の制服とうなじの間に指をねじ込み、さわさわと動かす。 「鹿族の青年よ。秘密を知られたからには、そなたをくすぐりの刑に処す」 「本当だってば! 鹿族の子でも、うんと可愛い子は変態貴族の標的なんだってば。ヴォルフ王子は世事に疎くていらっしゃる」

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