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第27話

 皮肉たっぷりに言い返されて、慇懃きわまりない一礼でもって応じた。(かえ)す手でポケットをまさぐって舌打ちする。囲みを破るのが精一杯で、煙草を持ってきそびれてしまった。寝込みを襲われるわ、意味深な電報をもらうわ、厄日だ。 「腹ぺこだしなあ……」  尻尾を桟橋から垂らしておけば、マヌケな魚の一匹や二匹かかるかもしれない。ヴォルフは、ふと水面(みなも)を見やってぎょっとした。光の加減だろうか、背びれがあるところがのっぺりした魚影が橋脚の間をすり抜けた。それは、禍々しいものが首都に忍び寄りつつあるさまを暗示しているようだった。  今朝の騒動は序章にすぎない予感がする。ヴォルフは二の腕をこすり、対するソーンは大きく伸びをした。 「宿直明けなんだ。いちど局に寄って、家に帰って寝よっと」 「さっきの調子じゃ街なかをうろつくのは危ないぞ。さくっと偵察してくるから隠れとけ」 「へっちゃらだい。ハネイム中を探したって、追いかけっこでソーンさまに敵う韋駄天はいませんよお、だ」  と、ヨーイドンと言うなり駆けだした。  肩掛け鞄をゆさゆさ揺らしながら、友の姿が遠ざかっていく。ヴォルフは額に片手を(かざ)してプラタナス通り──工房がある方角を眺めやった。  すでに警官隊が出動して、暴徒を片っ端から牢屋にぶち込んでいるに違いない。それでも騒乱が収まらないときは騎兵隊の出番で、つわものぞろいのやつらはサーベルを振り回して鎮圧に努める。  ラヴィア王の命令一下、かくして首都ウェルシュクの秩序と平和は保たれるのだ。  ともあれ待ち伏せに遭ったら困る。どこかで時間をつぶして、騒ぎが完全に鎮まるのを待ってから工房に帰ろう。  尻ポケットにねじ込んだ筒が、ごろついた。どこかは、ここだと行き先を示唆するように。 唸り声が洩れた。茶房なら軽食くらい用意できるだろうし、確かにうってつけの場所だ。  だが鼻先に人参をぶら下げられた馬さながらの現金さで、電報を読んですっ飛んできた、と受け取られたらと思うと業腹だ。  腕を枕に寝転ぶと、雲霞(うんか)のごとく工房へ押し寄せる群衆の姿が瞼の裏に、怒号が耳に甦った。そうだ、今この瞬間に茶房が襲撃を受けていないとも限らない。その場合、運動能力において獣人に劣るヒトにはなす術がない。  つまらない意地を張ったばかりに輝夜の身に何かあれば、ジョイスが悪霊と化して呪い殺しにやってくるだろう。茶房付近の様子を窺いがてら、忠告しにいくのが正解だ。

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