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第28話

 さっそく裏通りから裏通りへ駆け渡って、ザクロ通りに向かった。途中、棍棒を手にのし歩く警官を見かけるたびに物陰に隠れてやりすごしたが、暴動が起きた形跡があるどころか、ザクロ通り界隈は静かなものだ。  ひとまずホッとした。茶房と、路地を隔てた向かいの建物の屋上にのぼって手すりから身を乗り出す。  すると輝夜がちょうど茶房から出てきて、石畳を掃きはじめた。騒ぎがこちらの通りに飛び火するかもしれない、と案じたのは杞憂に終わったもようで、やれやれだ。  独り相撲ぶりに苦笑をこぼし、手すりに頬杖をついた。輝夜は月の雫を浴びて忍びやかに動く雰囲気を漂わせているが案外、太陽の下で立ち働く姿も悪くない。飛行艇造りに心血をそそいでいたジョイスが同性の、しかもヒトに心を奪われたなんて未だに信じがたい。その反面、うなずけるものがある。  試しに王宮に潜入してみるといい。各種族のえりすぐりの美姫が行儀見習いという名目で多数、召し抱えられている。即ち体のいいラヴィア王の側妾(そばめ)候補だ。ヴォルフに言わせれば「着飾る以外能のない、お人形たち」。  要するにヴォルフにしろジョイスにしろ、単なる美形なら見飽きている。 「けど、あいつはひと味違う……」  尻尾が、もどかしげに石柱を叩いた。輝夜は性別も年齢も超越して端麗である以上に、複雑なものを内面に抱えているという印象を受け、その摑みどころのなさがジョイスを魅了してやまなかったのだろう。  楚々たる風情に反して無類の男好き。ふたつの人格が同居しているような精神構造の持ち主で、だが理解に苦しむ存在であるがゆえに、輝夜はさしずめ肌に深くもぐり込んで抜けない棘だ。  何かの拍子に皮膚の一枚下でちくちくするように、折に触れて輝夜と交わした会話の断片が耳の奥でこだまして鬱陶しいったら、ない。  ところでヴォルフよ、おまえさんはいつまで盗み見をつづけるつもりだい? そう嘲笑うように、電報の筒が尻ポケットからはみ出した。  気がつけば茶房の店先に吹き寄せられたザクロの花びらは掃き集められたあとだ。豹族の老婆が輝夜に声をかけ、一緒に茶房に入った。量り売りの茶葉を買いにきたとみえて、老婆は程なく紙袋を手に帰っていった。入れ替わりに狼族の紳士が、ひとりで訪れた。  ヴォルフは思わず手すりに飛び乗った。あの客は、もしかすると輝夜曰く「補給用のオトコ」なのか。  間を置かず鹿族の少女がふたり、来店した。朝ぼらけのうちからの疲れがどっと出て、手すりに腰かける。紳士の目的がだとしたら当てが外れた形で、ざまあみろだ。

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