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第32話

 ごく最近、淫楽に耽ったあとでこのガウンを羽織った証拠だ。ジョイスを愛していた、が聞いて呆れる。大方、孤閨を慰めてくれる相手と見ればえり好みしないで、てめえを安売りしているに違いない。  冷笑に顔がゆがみ、そのくせ残り香をもう少し嗅いでいたいという衝動に駆られた。ガウンをむしり取ると、そのはずみに尻尾が寝台を打ち叩く。  かつて、ジョイスと輝夜が狂おしく抱き合ったであろう寝台を。  やめろ! ひと声放って頭を振った。輝夜がジョイスに組み敷かれてよがり狂う場面を紡ぎ出すなんて、想像力の悪戯にしても度が過ぎる。それでいて宿主と寄生木(やどりぎ)のように絡み合うふたつの裸身が、幻影の域を超えて像を結ぶ。 「くそ……っ!」  なるべく遠くへガウンを投げやった。こいつだ、こいつの残り香が曲者で、妙な方向へと作用するのだ。でなければ股間に熱が集まりつつあることに説明がつかない。  劣情なんかそそられるはずがない、ある種の生理現象だ。食い破るほどきつく唇を嚙みしめ、誘惑と闘っても、下腹(したばら)の疼きはもはや抑えがたい。  独立した生き物のように、手が股ぐらへと伸びた。ジーンズをくつろげるのももどかしく自身を摑み出すと、(くちなわ)が鎌首をもたげるように雄々しく勃ちあがる。  握り、くびれに指の腹を添えて、しごく。場所をわきまえろ、と自分を叱り飛ばすはしから手は休みなく動き、ねんごろにペニスを養う。  麻薬を欲する中毒者のごとく〝輝夜の香り〟を求めて鼻がひくつき、背徳感をともなう悦びに頭の芯が甘く痺れた。 「く……っ」  先走りの雫がにじんで指がぬらつく。豹の耳が正面を向いたかと思えば横を向き、尻尾はそれ以上に忙しなく床を掃く。  ヴォルフは片思いの切なさも、両思いの幸福感もまだ味わったことがない。通過儀礼と称して、たいがいの男がいちどは門をくぐる娼館は避けて通る。  ソーンにカタブツとからかわれるのも道理で、手淫じたいどうしても処理する必要に迫られたときにやれば十分だ、と思ってきた。ところが他人様(ひとさま)の家で破廉恥な行為に及んだばかりか、記録もののみなぎりっぷり。  しかも、いつになく限界が近い。鳩尾がへこみ、爪先が丸まった。あと何こすりかで昇りつめる、という段階に達したせつな蝶番が軋み、茶房と住居部分を隔てる扉が開いた。  よりによってに、なんの用だ。  息づかいは荒く、ヴォルフは口を引き結んだ。

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