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第33話

 幸い戸口に背を向けているが、そうそう誤魔化しきれるものではない。かといって前を直すべくごそごそやっていたら、かえって怪しまれるのは必至。  第一、ジーンズに収めようにもいちだんと屹立するありさまで、痛みが走っても強引に腹這いになり、狸寝入りを決め込んだ。 「客足が途切れたし、話がしたかったんだけど眠ってるのか……」  輝夜が自室を覗きにきた理由(わけ)はわかったが、間が悪いにも程がある。偽物のいびきで牽制しながら、店に戻れ、と強く念じた。何とかして前立てをかき合わせようと、寝返りを打つふうを装って腰をずらした。床板のささくれがペニスをかすめ、からくも呻き声を嚙み殺す。  願いは虚しく、柳細工の椅子がぎしりと鳴いた。輝夜が腰を据えた気配に全身が汗ばむ。衣ずれひとつ聞き逃すまい、と豹の耳が極限まで直立し、ヴォルフはしゃっちょこばった。  その一方で、ふと思う。いきり立ったペニスを目の当たりにした場合、輝夜はどんな反応を示すのだろう。大多数の男は鼻白むこと請け合いだが。  ひるがえって「健康を維持するために欠かさずオトコを摂取する」と詭弁を弄して憚らないくらいだから、ご馳走を前にしたように舌なめずりするかもしれない。  彼の基準に照らし合わせて寸法や勃ち具合が及第点に達していたときは、どうなる?   ジョイスをたらし込んだ技を披露するとばかりに、嬉々としてむしゃぶりついてくるのだろうか。  試してみる価値はあるのか……?   好機に思えて、怒張にかぶせた手をこころもち離す。餌に食いついてきしだい、すべらかな肌が血しぶいてもかまわず鎖を引きちぎってやろう。過去、現在、未来に亘って淫売の分際で兄貴の恋人を名乗る資格はないと、せせら笑いを浴びせて指環を持ち帰るのだ。 「ジョイスの瞳は豊かな森の榛色(はしばみいろ)、顎の線はもう少しがっしりしていて、笑いじわに愛嬌があって。でも、やっぱり兄弟だ。寝顔はよく似ている……」    悲愁にあふれた問わず語りが鼓膜を震わせ、出端をくじかれた。夜の底でジョイスを偲んで泣き濡れるさまが、ありありと思い浮かぶ。

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