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第34話
ヴォルフは薄目をあけて、柳椅子のほうをこっそり見やった。モデルの本質を画布に写し取る画家、あるいは駿馬をえりすぐる馬喰 。それらと同様の、ねつい視線が顔じゅうを這い回って肌がひりひりする。
その一方で疑念を抱いた。こちらが秘するよう努めているとはいえ、角度によっては股間の様子は丸見えだ。輝夜は、本当は自瀆に耽っているのを邪魔する形になったと承知の上で俺を泳がせているのかもしれない……さすがに勘繰りがすぎるか。
と、輝夜が腰をあげた。そのまま立ち去るかに思えたが、傍らに膝をついた。ずくん、とペニスが脈打って、いよいよ窮地に追い込まれてしまった。
「ジョイス……きみが手がけた飛行艇が完成したあかつきには、雲の上を散歩しようと約束したっけね」
ヴォルフをジョイスになぞられたかのように、切々と囁きかける声の甘さに神経を逆なでされる。戯言 をほざくのもたいがいにしろ、と怒鳴り返してやりたいのは山々だが、後ろめたい身だ。だいたい根競べのようなこの状態から、いつになったら抜け出せるのだ?
同時刻、号外が出た。暴徒が一時プラタナス通りを占拠した、と報じるものだ。だが目下、耳に異変が生じているのはひと握りの獣人に留まるとあって対岸の火事にすぎない。
荷馬車がカポカポと通りを行き交う。豹族の老父が軒先に椅子を持ち出し、のんびりと水パイプをくゆらす。すべての種族の子どもたちが入り乱れて鬼ごっこに興じ、女たちは寄るとさわるとペチャクチャとかまびすしい。
首都ウェルシュクを吹き渡る潮風に、悪疾を引き起こす物質が微妙に含まれていても、常と変わらぬ光景が繰り広げられていた。
かたや、ヴォルフは跳ね起きざまシャツを引っぱり下ろした。曲がりなりにも股間を隠しおおせると同時に、輝夜が上体を前に倒した。互いの顔の向きの関係で、唇が唇をかすめていった。
泡雪が触れる儚さで。
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