35 / 129

第4章 三日月

    第4章 三日月  ハネイム王国の国旗は、金色の地にすっくと立つ獅子の姿が躍る。日ごろは誇らかに掲揚台を彩る国旗が、べたりと旗竿にしなだれかかっていた日のことだ。  十人の獣人が謁見の間に呼び集められた。内訳は七人の王子と、宰相および保健省の大臣ならびに侍医だ。  ヴォルフは戸口寄りの壁にもたれて立ち、不機嫌きわまりない顔を隠そうともしなかった。王室差し回しの馬車に押し込まれて、この場につれてこられたのだ。王位継承権など屁の役にも立たない、と自活する道を選んで以来、一介の職人として生きてきた。王宮にあがるのは、かれこれ四年ぶりだ。  相変わらず、けばけばしい。吐き捨てるようにそう呟いて、だだっ広い謁見の間を()め回す。金糸を()き込んだ壁紙といい、唐草模様の枠に金メッキをほどこした大鏡といい、ごてごてと飾り立ててげんなりする。  円天井を見てみろ、あれこそ悪趣味の極みだ。ヒトが全世界に君臨していた、という神話を題材にした絵が極彩色で描かれて、それが現在では獣人が覇権を握った象徴だ、と考える神経を疑う。  輝夜の部屋を思い浮かべる。質素だが、繭さながら居心地がよかった。  反面、あの部屋でとんでもない事をしでかしたことを思い出すと汗が噴き出す。尻尾をひと振りして窓の外を眺めやった。  坂道が多い首都ウェルシュクにおいて、王宮では貴重な平地のうちの少なからぬ面積が庭園で占められている。そのさまに王族の(おご)りを感じる。  花壇をつぶして小麦でも植えたほうがよっぽど建設的だ、と双眸に嘲りの色を浮かべた。人工の池は、魚を養殖するのにもってこいだ。美姫が花を摘み、楽器を奏して、ひらひらと行き交う。畑仕事も餌やりも、あの()たちに任せるといい。王の(しとね)に侍って、あたら娘盛りを無駄にするより生き甲斐を感じるに違いない。  にんまりした。第一王子こと長兄が咳払いをすれば澄まし返る。ソーンに教わった地獄に堕ちろを意味する形に指を折り曲げながら、六人の異母兄を順番に眺めた。  全員、ゆったりしたシャツとズボンを身にまとっている。だが次兄など丸々と腹がせり出しているために、シャツの裾がまくれ気味だ。  ぶよぶよ肥え太りやがって、と鼻で嗤う。美食三昧でのほほんと暮らしているようでは、月齢十五の夜にメタモルフォーゼを遂げても、四阿(あずまや)の屋根にさえ登れまい。

ともだちにシェアしよう!