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第37話

 と、玉座で空気が動いた。ラヴィア王が握りの部分に獅子の顔が彫り込まれた儀仗を垂直にあげて、打ち下ろしたのだ。  ヴォルフを除いた皆が皆、一斉に(ぬか)ずく。わざとたっぷり間をおいてから、ラヴィア王は重々しい口調で切り出した。 「何やら面妖な病魔に侵された民どもが徒党を組んで騒動を起こしているとの由、仔細を申し述べよ」 「ご案じめされますな。一部の不逞の(やから)があることないこと吹聴しているにすぎず、王の威光をもってすれば混乱はたちどころに収まりましょう」    宰相が平べったい耳をぱたぱたと動かした。狼およびイヌ族の中でも、マスティフ系の宰相とセントバーナード系の保健大臣は反目し合う関係だ。保健大臣が言下に膝をにじらせる。 「恐れながら楽観は禁物と存じます。艶やかな毛で覆われて(しか)るべし耳が醜怪なありさまと化すなど到底只事とは思えませぬ。病が蔓延する前に王の名のもと善後策を講じるのが得策かと」    侍医の豹の尻尾が賛意を表明してしなう。ラヴィア王は鷹揚にうなずくと、儀仗の先端を戸口へと向けた。 「ヴォルフよ、図らずも(ちまた)の様子はおまえが詳しい。民草はこたびの騒擾(そうじょう)についてどう申しておる」  御下問にあずかったからには、ひざまずいて答えるのが礼儀だ。だが腰を折るどころか、佇立したままでいた。もともと親子の情愛など無きに等しい間柄で、事実上、縁を切った現在(いま)となっては近所のおっさん連中より遠い存在だ。異母兄たちが気色ばむのを尻目に、淡々と答えた。 「何がなんだかわからなくて怖がってるし、苛立ってる。耳欠け病──自然と呼び名がついたが、そいつの予防薬と称して怪しげな水を売り歩くやつがいる、病封じの呪符でひともうけを企むやつもいる。デマが飛び交って喧嘩沙汰が増えた」  そう、不安が獣人たちに疑心暗鬼という種を植えつけて道徳性の欠如を生む。ひと呼吸おいて、皮肉たっぷりに言葉を継いだ。 「百聞は一見に()かず。いちど下町へなりと、おみ足を運ばれてみてはいかがです、」 「下賤(げせん)の者は、とかく狡賢い」  と、第三王子がゲップをした。 「おおかた性根の卑しい者どもが騒ぎに乗じて私腹を肥やさんと、耳がどうのこうのとホラを吹いて回っているのであろうよ」  第四王子が、むっちりした指で獅子の耳をいじる。  ヴォルフはアッカンベしてやりたい誘惑に駆られた。いわば税金で養われている身で庶民を馬鹿にした報いに、いずれしっぺ返しを食らうぞ──と。

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