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第41話

 開業時の謳い文句は「すいすい走る夢の乗り物」で、最大乗車人数も段違いに多いが、辻馬車と較べると料金が割高とあって利用客は伸び悩んでいる。  それ以前に乗ると雷に打たれたようにびりびりくるという、まことしやかな噂が流れて敬遠されがちだ。  ヴォルフにしても路面電車に乗るのはこれが初めてで、何もかも物珍しい。吊り革なるものをぐいぐい引っ張って、また車掌に怒られたのは、さておいて。車輪がレールを嚙む音は鍵盤楽器を用いた連弾のようで、尻尾が自然と上下する。運転席に面した小窓に張りついた。いろんな計器が並んでいて、どれをどうすると動く仕組みなんだ?  と、荷車がだしぬけに軌道を横切り、急ブレーキがかかった。輝夜がよろけて、反射的に抱き寄せる。見た目以上にしなやかな感触が伝わってくれば無性にドギマギして、なかば突き飛ばすふうに離れた。  沿線の両脇には漆喰壁の建物がどこまでも連なり、車窓の景色はいささか単調だ。いくつかの停車場で乗客が入れ代わったが、降りる客のほうが多い。  仕切りのない横長の座席が、通路を挟んであちらとこちらに据えつけられている。ヴォルフは運転席のすぐ後ろ、輝夜はデッキ寄りの席と別々に座り、赤の他人を装いたがっているような、よそよそしい態度を苦々しく思うヴォルフがいた。  市街地を抜けると空が高い。終点から先は徒歩だ。庭先にゴザを敷いた上に野菜を並べて保存食をこしらえている農家。放し飼いの鶏が土の道をほじくってミミズをついばむ。  のどかな集落を通り抜けると、視界が緑一色に染まった。森だ、蛇行して流れる川の向こう岸一帯が森だ。吊り橋を渡り、曲がりくねった踏み分け道をしばらく行くと、間口が狭いトンネルに行き当たった。 「まだ着かねえのか、日が暮れちまうぞ」 「あと、ちょっとだよ」  輝夜は籠を揺すりあげてトンネルに入った。  後につづくと、ぱらぱらと砂礫(されき)が頭の上に降りかかる。両側から岩肌が迫るここは、洞穴(ほらあな)を掘り広げて行き来できるようにしたとおぼしい。こつん、こつんと小石が転がり落ちる音が反響すれば天井が崩落する前兆に思えて、首をすぼめがちにトンネルをくぐり、 「うちの店の天然の倉庫」   輝夜がそう呼ぶ場所に行き着くと、やれやれと顔を手で扇いだ。  木々の間を縫ってもう少し先へ進むと、童話の一場面のような光景が広がった。樹木の枝から蔦カズラが垂れ下がり、そこに蜘蛛の巣が絡んで光の層を成すさまは、妖精が編んだレースのカーテンのようだ。

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