41 / 129

第42話

  「寝つきが悪い、一日中だるい、と相談してくるお客さんが増えたのは耳欠け病の影響かな……あった、この草の汁を煮詰めたのが効く」    輝夜は早速腕まくりをして、しゃがんだ。  ヴォルフは木蔭に座って煙草を咥えた。用途に応じた薬草に小刀を当てる様子を眺めながら紫煙をくゆらす。我ながら酔狂さに呆れるものがあり、ひと吸いごとに眉間の皺が深まっていく。ちっとも暇じゃないのに、暇だと偽ってまでついてくるなんて、どんな気まぐれの仕業なのだ。  兄貴なら、と呟いて灰を弾き落とす。薬草狩りにかこつけて逢い引きと洒落込み、恋人と共にすごす時間を満喫しただろう。対する俺は荷物持ちを買って出るのが正解か。あろうことか輝夜の部屋で手淫に及んだ一件の罪滅ぼしに、彼に代わって薬草で一杯の籠を背負って家路をたどる。これで帳消しだ。  ひとまずすっきりしたところで足を八の字に投げ出し、胸を反らした。空気は土の香りを含み、ふくよかで(かぐわ)しい。枝々の形に切り取られた空は青く、数羽の小鳥が可憐な輪舞を踊るように飛び交う。緑の濃淡を成すひと(むら)の草は天然の絨毯で、下手な安楽椅子より座り心地がいい。  暢気で平和で、まさしく別世界だ。街中では最近、挨拶代わりに耳欠け病がどうしたこうしたと始まりがちで、いきおい暗鬱な雰囲気が醸し出されてしまう。評判のおしどり夫婦でさえ人前で罵り合うありさまで、生木を焚火に()べたように不満がくすぶっているのだ。  尻尾にまといついてくる羽虫を追い払い、ハッとした。てきぱきと薬草をより分けて紐で束ねるところを、ぼうっと眺めているだけなら羊にだってできる。株を掘り起こした跡を均す輝夜の傍らに、仁王立ちになった。 「手伝ってやる。どの草をむしればいいんだ」 「気持ちはありがたいけど、採取するには専門的な知識がないと。薬草と毒草を見誤って摘んで帰って茶房で供したら、うっかりではすまされないだろう?」    物柔らかにいなされて、負けん気に火が点いた。ヴォルフは這いつくばって鼻をひくつかせた。月齢十五が近づくにつれて嗅覚が鋭さを増し、薬草と毒草を正確に嗅ぎ分けることくらいお茶の子さいさいだ。  葉っぱがハート型の薬草、鋸歯状の薬草、粘り気のある汁がしみ出す薬草──等々。ひと摑みずつ分けて置く。まいりました、と言わせたい一心で這いずり回っているうちに、ひねこびた地下茎を掘り当てた。 「俺の鼻は、こいつは値打ち物だと太鼓判を押してるんだが必要か」 「すごい、それは強心作用がある稀少種だ」  今までで一番親しみがこもった笑顔を向けられると、心の中にさざ波が立つ。頬が紅潮したのは草いきれがするせいだ。咳払いひとつ、あやかりたいという響きに棘をひそませて言った。

ともだちにシェアしよう!