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第43話

「元手がかからなくて、茶房ってのはボロい商売だなあ」 「ヒトを雇っている商店や工場を見たことがあるかい? 教師は、辻馬車の馭者(ぎょしゃ)は。ものの数に含まれていないヒトが生計を立てるには、自分の才覚しか頼るものはないんだよ」    さらりと返されて、返答に窮した。確かにヒトが劇場のをやっていただとか、銀行の窓口に座っていたなんて話は聞いたことがない。幽霊のごとき存在で、階層分けからすら弾き出されている。  曲がりなりにも成功者の部類に入る輝夜は、例外中の例外だ。しかも役得がある。(せん)に目撃したグレートデン系の男に跨って「必要不可欠な補給行為」に励む場面が脳裏をよぎると原因不明の苛立たしさがつのり、しまいには全身の血が沸騰するようだ。薬草、と嗅覚が判定を下したものを片っ端から根こそぎにしていくと、手を摑まれた。 「つぎの季節にまた生えてくるよう欲張ってはいけない。自然界の掟だ。おれは、ここまで採りに来られない人たちに代わって籠ひとつぶん分けてもらっているにすぎないんだよ」    ガツンと殴られた気分で尻尾が垂れた。ヴォルフは穴を掘り、しおしおと埋め戻した。とはいえ言い負かされっぱなしでは、くやしい。優等生さまとでも呼んで、からかってやろうか。 だが一理あると認めざるをえない。輝夜は、こぼれ種にはそっと土をかぶせてやり、何かの幼虫が這い出してくれば日陰に移してやる。森と一体化したように、軽やかに歩き回る様子に今さらめいて好奇心を刺激されて、素朴な質問を放った。 「あんた、首都育ちのくせに野草に詳しいな」  地下足袋の下で枯れ枝が砕けた。緑葉(りょくよう)を映して青みがかった顔が強張り、指が小刻みに震えだした。小刀を鞘に戻しそこねて(つか)を摑みなおし、それを何度か繰り返したすえにようやく口を開いた。 「おれは辺境の山岳地帯、ギルヨークの生まれだ……ヒトだけが住んでいる村があった」 「、過去形だな。故郷で食い詰めて出稼ぎにきて、ウェルシュクに居ついちまったクチか」  なんの気なしに問いを重ねた瞬間、雲を衝いてそびえ立つ壁がふたりのあいだに出現したようだった。よそゆきの笑みを張りつけた(おもて)が、首都に流れ着くに至ったいきさつについて穿鑿するのは断じて許さない、と語る。  にわかに梢が騒ぐ。葉ずれが高まれば高まるほど、鉛の粒が空気に含まれたように沈黙は重苦しさを増す。

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