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第45話

 下枝にぴしぴしと額を叩かれようが、シャツが茨に引っかかって鉤裂きができようが、脇目も振らず走る。  ひときわ厚みがある藪を飛び越えた。天然の間仕切りといったふうに、樹幹に巻きついて幾重にも枝垂れる蔓を押し分けると、細い光の柱のような木洩れ陽がちろちろと踊っていた。  水彩画のように輪郭が淡くぼやけた、その光景は題して〝秘密の語らい〟。  輝夜は緑蔭に憩い、喉元を飾る指環を愛しげに撫でていた。涼やかな目許に紅を()き、口辺に笑みを浮かべて、彼だけが、その姿を見ることができる誰かと会話を楽しんでいるような雰囲気を漂わせていた。  ? くっきりとした眉が一文字に寄る。とぼけるな、兄貴以外の誰がいる。  ヴォルフは足音を忍ばせて後ずさった。心ゆくまで追憶に耽るがいい、と思う。  それでいて、そのへんの枝を手当たり次第にへし折って騒音をまき散らしてやりたい衝動に駆られる。    今日、あんたと一緒にいるのは俺だ、ヴォルフだ。そう耳許でわめき散らし、ほっそりした肢体を滅茶苦茶に揺さぶったら、ジョイスにまつわる記憶は薄れていくのか?  馬鹿馬鹿しい、と尻尾で蔓を払いのけた。輝夜が恋の光輝に彩られた思い出を心の糧として、何が悪いというのだ。もう半歩、後ろにずれた拍子に枯れ枝を踏み砕いた。  輝夜が、ゆっくりと(こうべ)を巡らせた。ぶれがちだった瞳の焦点が徐々に合いはじめて、 「用を足しついでに探険してきたのかい、何か収穫はあった……」  木偶(でく)と化したかのごとく突っ立ったきりの姿を捉えたとたん噴き出した。 「素敵な尻尾がオナモミまみれだよ」  イガイガの実がびっしりとへばりついて、斑紋にいびつな立体感が生じている。  ヴォルフは、むすっと尻尾を胸元にたぐり寄せた。蟻といい、オナモミといい、たかりたい放題にたかってくれて、むしり取ってもむしり取ってもキリがない。おまけに輝夜ときたら、悪戦苦闘しているのをよそにクツクツと笑いどおしだ。 「笑いごとじゃねえぞ。他人が尻尾を摑むのはご法度だが非常事態だ、手伝え」 「ごめん、ごめん。付け根は自分じゃやりにくいだろう、そっちを受け持つよ」  取ってもらいやすいように、と背中を向けた時点では別段、なんともなかった。ところが一転して妙な現象に悩まされる。しなやかな指が触れてくるはしから尻尾が熱を持ち、その熱は瞬く間に発火点に達して全身を焼く。

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