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第46話

 真っ先に下腹(したばら)で火の手があがった。よりによってこんなときに、とヴォルフは唇を嚙みしめた。なるべく頭を空っぽにしてオナモミをもぎ取りつづけ、だが、もはや手遅れだ。脳内のどこかの回路が開いてしまい、いきなり、且つ初めて茶房を訪れた夜へと時間が巻き戻される。  で番うなんて夢想だにしなかった器官で陽根をがっつき、あられもなく細腰(さいよう)を打ち振るさまが、今、この場で記憶を再生する装置の設定がなされていたように鮮明な像を結ぶ。  肩越しにちらりと、静やかな横顔へ視線を流した。定期的にオトコを欲する体質、と(のたま)うからには直近でいつ禁断症状が出た。おとといか、ゆうべか、それとも今朝か。涼しい顔とは裏腹に、心の中では情欲が燃え盛っているんじゃないのか……?  強くまばたきをして邪念を追い払う。猥談は嫌いだ、酒場で男たちが、新顔の娼婦の具合はどうのこうの、と下卑た手柄話を披露に及ぶと鳥肌が立つほどだ。  なのに妄想は膨らむ一方だ。たったいま輝夜を組み敷いてニッカポッカをずり下ろし……いや、引き裂いても彼は恐らく抵抗するどころか、そういう趣向と受け取るだろう。嬉々として秘部をさらけ出し、怒張を花芯へといざなうに違いない。(かつ)えが満たされる歓びにいなないて、肉の交わりに溺れ抜くのだ──。  草いきれがするのも相まって頭がくらくらする。獣欲が圧倒的な力で理性を蝕み、妄想をただの妄想で終わらせまいと、じりじりと反転しはじめたせつな、 「豹と獅子の長所を併せ持って、極上のさわり心地で、頬ずりしたくなる……」  尻尾の付け根に息がかかり、妖しいおののきが全身を走り抜けた。凍りついている間も、吐息が斑紋をなぞっていく。  動け、とヴォルフは手足に命じた。強張りが解けるが早いかめちゃくちゃに腕を振り回すと、頭上の枝に飛びつき、懸垂の要領で躰を持ちあげた。 「あくどい手口でオトコを誘惑するのが、あんたの流儀か。生憎だな、俺にその手は通用しない」  声を荒らげ、だが後ろめたさの裏返しだということは、他でもないヴォルフ自身が一番よくわかっていた。通用しないなんて嘘だ。  二色に塗り分けられた板の中心に引かれた線の上を爪先立ちで歩くようなものだ。足が線からはみ出して、危険を表す色の側を踏んでもかまわない、むしろ進んで踏みたい。言うなれば、そんな危うい心理状態にあった。  ぬかるみから脱け出す思いで幹をどんどん登っていく。かなりの高さに達したところで葉叢を透かして地上を見下ろすと、輝夜は何事もなかったように紙袋を掲げてみせた。

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