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第47話
「おやつにしよう、下りておいでよ」
おやつとは、ハムとチーズを挟んだコッペパンだ。明らかにひとり分だが、ふたつに割ると気前よく大きいほうをよこす。
「兄貴ともピクニックがてら薬草狩りにきたのか」
強引に小さいほうの割り当てと取り換えながら訊くと、微かにうなずいて返す。ヴォルフは努めて朗らかな口調で言葉を継いだ。
「俺が代役じゃ不満だろうが、我慢しろ」
きみとでも十分楽しいよ──社交辞令にすぎなくても、そういった答えが返ると期待していた面があったが、裏切られた。
「幸せは玻璃よりもろくて、願わなければかえって幸せでいられるもの。恋人、両親、友だち、無垢な魂……神さまは、おれから大切なものを取り上げるのが好きで、いずれジョイスも何かの形で失うと覚悟していた。ただ、予想とはずいぶん違う終わり方だったけれど」
と、水筒に詰めてきたタンポポ茶で喉を潤しながら淡々と紡ぐ。強がりを言っているわけではない、それが天の摂理だから仕方がない──と。
そしてペンダント風に首から提げた指環を爪繰る。哀しみという破片を接ぎ合せてこしらえたカラクリ人形のように、ぎくしゃくとした指づかいで。
ヴォルフは友人、知人の顔を思い浮かべた。獣人は、おしなべて物事を単純に考える傾向にある。ひきかえ輝夜は、増改築を重ねた館さながら複雑怪奇に入り組んだ精神構造の持ち主のように感じられる。
一緒にいて楽しいかと言えば、あながちそうとは言い切れない。そのくせ〝兄の恋人〟という以上の興味をそそられてやまないのは、学者が新種の昆虫を発見すると、その生態を解明すべく様々な実験を行うのと同様の理屈だろうか。
だが、今ひとつすっきりしない。やわらかな微笑という鎧で覆い隠された、言うなれば〝核〟にあたるものを暴いてやりたくなる真の動機は、別の何かに根差しているような気がする。
心理学の課外授業かよ、とヴォルフは苦笑を浮かべた。丸パンにかぶりついてハムを嚙み裂く。脂身は肉本来の味を残して甘く、月齢十三の豹の血がざわめいた。そうだ、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない。つかず離れずの関係を保つ方向でいく、と割り切るほうが俺らしい。
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