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第49話
「淋しいんだ、ジョイスが死んで、淋しくてたまらない。後生だ、慰めてほしい……」
朱唇がわななき、囁く声が、巻きひげ全体に小さな吸盤を具 えた蔦に変じて理性を搦め取りにかかる。シャツの襟ぐりは深く、指環が鎖骨にじゃれつくさまが、邪 な想像をかき立ててちらつく。それを通した鎖がたわむのにともなって耀 う。
催眠術をかけるように。
慰めてほしい、とヴォルフは鸚鵡返 しに呟いた。そして眉間に険しい皺を刻む。意図的に省いた部分は十中八九〝躰〟で、微かに裏切られた思いがあった。輝夜はやはり見境がないのだ、ひと皮むけば度しがたい淫乱だ。
小川は浅い、転がり落ちても溺れる心配はない。栄養素扱いのオトコだけでは飽き足らず、俺まで食い物にしようとした罰に濡れ鼠になってもらう。そう考えるなり輝夜を突きのけて、なのに後ろ向きにずるりと行きかけたのを反射的に抱き寄せてしまう。
「きみはジョイスと仲がよかったんだろう?この通りだ。兄弟のよしみで、ひと肌脱いでくれないか……」
すがりつくような眼差しを向けられても、ヴォルフは知らんぷりを決め込んだ。そのじつ心の中では嵐が吹き荒れて、それを反映してばたつく尻尾が水面 に映る。
止まれ、と命じても不随意筋で構成されているように虚空を叩きつづけるありさまで、この調子では動揺しているとあっさり見破られてしまう。
何がよしみだ、と食いしばった歯の間から毒づいた。術中に陥ったが最後、あの世のジョイスに顔向けできなくなる──術中に陥って何が悪い? そう、けしかけてくるものがある。
頭をひと振りした。やるせなげに睫毛を伏せてみせるのはオトコをたぶらかす技巧のひとつだ、安っぽい手管に引っかかるような与 しやすい相手、と侮ってもらっては困る。
輝夜を突き飛ばして走り去り、金輪際、会わない。それが正解で、だがヒトの香りは曲者だ。密着しているぶん濃厚に立ちのぼり、麻薬の成分を含んでいるように脳髄を甘く痺れさせる。
喉仏が大きく上下した。艶やかな象牙色の肌に鼻をこすりつけて、じかに嗅いでみたくなる。うっすらと汗ばむそばから、じかにすすってみたくなる。禁断の、と謳われているものほど味わい深いと相場が決まっているのだから。
理性と欲望がせめぎ合い、輝夜を跳ね返す壁を築いた状態を保っていられたのは実際には何分? それとも何十秒だろうか。
再びひとかたまりの土がひび割れた拍子に、しなだれてきた躰めがけて命綱を投げるように尻尾がしなった。
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