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第62話

 自慰を覚えて間もないころは朝な夕なにしごいても飽きないとは、よく聞く話だ。俺の場合も、と腸詰を林檎酒で流し込む。確かに啼かせ甲斐のある躰に執着していると認めるにやぶさかでない。  指導の賜物といえるのか、基礎から応用へと性技がめきめき上達すると自尊心がくすぐられる。だから多忙にもかかわらず時間をひねり出しては、輝夜の元へ足しげく通ってしまうのだ。  ただし目的はあくまで欲望を満たすことであって、それ以上でも以下でもない。輝夜にしても、なかなか性能がいいペニスを重用しているにすぎないのだろう。  俺の価値はペニスに終始するのか? ずきりと胸が痛み、林檎酒がにわかに苦い。持ちつ持たれつの関係は便利だが、現状に満足していると言えば嘘になる。  一抹の淋しさがつきまとう。〝亡き恋人の弟〟という立場を卒業するには至らなくても、輝夜との仲に多少の進展がほしい。その第一歩として肉欲が介在しない場所で会いたいと願った。こう言っては語弊があるが、ソーンはダシだ。  そのソーンは輝夜にすっかりなついて、 「見て見て、おいらの特技」  尻尾を風車のように、くるくると回してみせる。ヴォルフはむっつりと木の実を投げあげて、尻尾で巻き取った。 「ふたりとも器用だね。それに種族を越えて仲よしなんだ」 「下町で暮らしはじめたばっかのころのヴォルフは、ぼんぼん育ち丸出しで。竈の火の(おこ)し方とか市場での値切り方とか、生活の知恵を授けてあげたのはソーンさまだい」 「へえへえ、その節は世話になった」  などと杯を重ねながら雑談を交わしているうちに、ぽつぽつと雨が降りだした。雨宿りと称する獣人で店はますます混み合ってきた。ジャンケンで負けたソーンが三人分の飲み物を調達しにいったものの、揉みくちゃにされてなかなか戻ってこられないありさまだ。  耳欠け病を伝染(うつ)されたくなければ菌がうようよしている可能性が高い場所は避けて家でおとなしくしているに限る、だって? 躰の中からアルコールで消毒すりゃ平気さ──。そう、言わんばかりの盛況ぶりだ。  酔っぱらいにつける薬はない、ということか。ヴォルフは苦笑交じりに煙草を咥え、ところがぎょっとしてマッチをすりそこねた。  円卓を隠れ蓑にして、裸足の爪先がむこうずねに悪戯を仕かけてきたのだ。当の輝夜は涼しい顔でチーズをつまみ、それに引きかえ爪先のほうは巧みにむこうずねを撫であげる。強すぎず弱すぎず刺激してくるさまは、ペニスをしごくさいの力加減にそっくりだ。

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