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第64話

 ヴォルフは輝夜を背中にかばった。輝夜はヒトだと見破られしだい窮地に陥る恐れがあるにもかかわらず、来てくれたのだ。俺に会いたいがために無理をしてくれた──そう解釈するのは自惚れの以外の何ものでもないが、だとしたら嬉しい。   などと寝言をほざいている場合じゃない。店主を含めて、居合わせた獣人がひとり残らず種族それぞれの尻尾を振り立てるさまから、(くら)い愉悦が伝わってくる。いっちょ憂さ晴らしにヒトをいたぶってやるか──と。  じりじりと獣人の輪が狭まる。一斉に飛びかかってこられたら万にひとつも勝ち目はない。ヴォルフは小刻みに震えだした躰を改めてしっかりと抱き寄せた。  何があろうと……たとえ輝夜の身代わりに袋叩きにされようとも、彼を護って酒場から脱出してみせる。  口を真一文字に結んで、あたりを睥睨(へいげい)した。八番目といえども王子。一旦は生まれ持った威厳でその場を圧したが、 「出ていけ、さっさと出ていけ!」  誰かが胴間声を張りあげたのを合図に、出ていけの大合唱が起こった。しかも肉団子程度ならかわいいもので、ふたりをめがけてグラスまで飛んでくる。  ヴォルフは素早く拾いあげたマントで輝夜をくるむ一方で、肩をそびやかして仁王立ちになった。 「おまえたち、出ていけというからには道をあけろ、さっさとしろ!」 「王子さまがお帰りあそばすにあたっては、恐れ多くも我ら下賤の者にヒトを下げ渡してくだされえ……耳欠け病を流行らせた理由ってのを聞かせてもらいてえからな、事と次第によっちゃ、ちょいとばかり手荒な真似をしちまうかもしれんけど」  自称・元馬丁の男が、手刀で宙をざっくりと斬った。店中が爆笑の渦に、ただしヒステリックなそれに包まれた。 「俺のツレを侮辱するということは俺自身を侮辱するということだ。おまえたち、それなりの覚悟はあるんだろうな」  虹彩に散る翠緑色の斑点が剣呑にぎらつく。豹の尻尾を用いて、四方八方からマントを摑みにくる手を片っ端から叩き落としながら、逃げ道を探る。  今、酒場は火の手が迫る弾薬庫に等しい。輝夜をつれ出しそこねたが最後、嬲り殺しの目に遭った亡骸(なきがら)が波止場の付近に遠からず浮かぶのは必至。身命を()して悲惨な結末を阻止するのだ。 「この雰囲気だと、きみの身も危ない。おれは大丈夫、先に帰ってくれ」 「あんた、馬鹿なのか。とにかく、俺から離れるな」  耳許で怒鳴り返し、命綱をつけておくように細腰に腕を回した。すり足で壁際へとずれて、ひとまず様子を窺う。

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