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第66話

 さすが(つう)な道を選ぶ。ヴォルフは短く口笛を吹くと、自身も表に飛び出した。力任せに扉を閉めて、つづいて戸枠をくぐりかけた男を店内へと弾き飛ばす。鼻血がしぶいて罵声がくぐもったが、こいつも輝夜を血祭りにあげようとしたうちのひとりだ。よって同情の余地はなし。 「いいのを一発もらった、イテッ」  顎をさすると腫れぼったい。鉄気(かな)臭い味が口の中に広がるわ、シャツの袖は半分ちぎれているわ、奮戦ぶりを物語る。 「まっ、名誉の負傷だな」  そんな呟きがこぼれると、痣ができた顔がほころぶ。名誉の負傷とは気障な科白だが、曲がりなりにも輝夜を護りとおしたのは上出来だ、と思う。 〝第八王子〟なんてショボい称号より、騎士ヴォルフという響きのほうが断然カッコいい。優美な物腰に反して寝台の中では淫魔と化すヒトの専属騎士。悪くない役回りだ。  大粒の雨が石畳を叩き、ガス灯の明かりが淡くにじんで、歓楽街は墨絵のごとき風情を醸し出す。  下着まで濡れそぼっても、豹の尻尾は軽やかに雨と戯れる。足どりは、もっと軽い。順番でいけば兄のジョイスに輝夜を独り占めにする権利があるが、現在(いま)は霊廟に眠る身。  求められるがままに輝夜を満たしてあげることも、彼を窮地から救ってあげることも、ジョイスにはできない。愛の形見の指環が今なお象牙色の肌の上で燦然と輝いていようとも現状、輝夜ともっとも(ちか)しいのは、この俺だ。  道ばたに膝をつき、鼻をひくつかせた。嗅覚は月齢十五にいっとう冴えて、月齢二十七の今夜はヒトより若干マシという程度だ。おまけに雨の匂いが邪魔をする。  それでも夜気の底にあえかに漂う、水仙の()のように清らかなヒトの香気を嗅ぎ分けると、再び走りだした。  輝夜とソーンは、ここを右に曲がった。確信を持ってストリップ劇場の角を折れる寸前、豹の耳がぴくりと動いた。咄嗟に上体をひねると、今そこに肉体があった空間をナイフが切り裂く。  振り返って眉を寄せた。いつの間にか狼族の男がふたりと豹族の男がひとり、忍び寄ってきていた。 「王子さまよお、ヒトなんかとつるむたあ、どういう料簡だ」 「貴様らに用はない、消え失せろ」 「耳欠け病をこじらせて死ぬやつが、ごろごろいる。冷や飯食らいの末の王子が病原菌をばらまいてるっつうヒトと結託して、謀叛でも起こそうってハラか」  一種の陽動作戦だ。リーダー格の男と対峙している間にひとりが前方に立ちはだかり、退路も断たれた。ヴォルフは身構えた。ここで、こいつらを食い止めないと輝夜とソーンが狩り出されしだい惨劇が起きる。

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