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第68話

 だらりと力を抜いて、背後の男にもたれかかった。気絶したと見せかけて油断を誘い、逆襲に転じる作戦だ。ぴたぴたと平手で頬をはたかれても微動だにしないように努めて、そのとき、 「イッテーッ!」  何かがリーダー格の(すね)に命中した。雨のヴェールを切り裂いて飛んできたものが、今度は狼族のひとりをのけ反らせた。ヴォルフを押さえつけている残りのひとりも、悲鳴交じりに腕を放した。  小石が三つ、つぎつぎと石畳を転がっていく。(つぶて)だ、何者かが男たちを狙って礫を投げたのだ。  ヴォルフは素早く身を振りほどきながら、ぐるりに視線を走らせた。すると、つれ込み宿の屋根でふたつの影が蠢く。  マントにくるまっているせいで異形のコウモリがうずくまっているところを連想するものと、頭に一対の角が生えているように見えるものが。  目をぱちくりさせた。あれは、まぎれもなく輝夜とソーンだ。  折りしもソーンが輝夜に小石を渡し、膝立ちになった輝夜が腕をしならせるさまが、どぎつい看板絵を背景にして浮かびあがった。射撃の名手並みの正確さでもって、礫がまた続けざまに三人組を撃つ。  あの馬鹿、と血がこびりついた口辺がひん曲がる。輝夜を生け捕りにする気満々で追ってきた連中の前にのこのこ姿を現すのは、自ら罠に飛び込むのと同じこと。こいつらを撃退するのは俺に任せて、なぜ、おとなしく逃げない。  だが、こう思う。輝夜は足手まとい呼ばわりされたのがくやしくて、己の戦力の程を証明しに戻ってきたに違いない。  あるいは純粋にヴォルフの身を案じて? それはある種の友情に基づいてのことなのか、もしくは〝便利なペニス〟を見捨てるのは忍びなかったのか、それともまったく別の感情が輝夜を突き動かしたのか。  ともあれ、ありがたい。ヴォルフはナイフを奪って側溝に投げ込むと、横っ飛びに跳び離れた。尻尾をなびかせて、とりわけ闇が濃い小路に駆け込んだ。  輝夜とソーンも、いっせのせで駆けだした。そして屋根伝いにハナミズキ通りのほうへ遠ざかっていく。  ヴォルフは行き先を察した。ハナミズキ通りは、通称お役所通り。造幣局や騎馬隊の詰め所といった重要な施設に混じって電話局を兼ねた郵便局があるのも、そこだ。言ってみればソーンの根城で、落ち合うのにうってつけの場所だ。 「待ちやがれ!」   後方で三組の靴音がこだまする。しつこさに辟易する反面、にやついてしまう。礫を食らったときの男どもといったら、そろいもそろって間抜け面をさらして愉快、痛快!

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